第35話 今と昔

「これがあなたの償いなのですか。私はアニメ部が嫌いだから廃部にしたのではありません。正当な活動が無かったから廃部にしたのです。今のバンキシャ部は悔しいけれど、全校から絶大な支持を得ています。それは正当な活動と言えるでしょう。生徒会とはいつ何時も、気品を持ち、海常臨高校の規範とならなければなりません。これがあなたの気品ある行動だったのですか」


「そうではありません……」


 赤頭は歯を食いしばり、前歯の隙間から漏れだすような声で言った。


「なら立ち上がりなさい。そして明日から生徒会室に来て、業務を全うしなさい。責任を取って辞めるだけどか、見せる顔を無いから来ないだとか、自分のミスを取り返すために誰かを貶めるようなことは全て、自分の罪から逃げているだけです」


 その累々と紡がれる言葉の数々は赤頭の揺れる心に染み込んでいった。その表情、仕草、一挙手一投足が懐かしい。そして以前の自分の姿を思い出す。

 この姿に憧れて、その後ろ姿だけを見つめてやってきた。

 だがいまの自分はどうだ。今の俺は何をやっているのだ。人を罠にはめて、自分の利益のために、床に散らばった紙切れを必死になって集めている。

 この惨めな姿、そして未練たらしい気持ち、そんなものは全てあの日に絶ったではないか。


「すみません会長……俺はあの頃から何も……」


 その言葉を聞いた青橋は下唇を噛み締めて、赤頭の胸倉に掴みかかった。


「何をくよくよしているのです! あなたは副会長なのですよ」


「だが俺はまだ会長に出会う前の自分と何ら変わっていなかった。自分は会長のおかげで変われたと思った。だがそれはただ単に、会長の隣にいる自分に酔っていただけだった。俺はそう言う人間なのです」


 赤頭はこの高校に特待生として入学した。

 中学校の頃からラグビーで全国大会に出るなど、その卓越した才能を認められ、試験免除での入学が許可されたのだ。

 赤頭はその期待に応え、一年生のうちからレギュラーを勝ち取った。二つ上での学年にも果敢に立ち向かい、ラグビー部、いやこの学校をも代表する選手になるだろうとその期待は高まっていったのである。

 一年生ながら学校の顔を期待される赤頭にかかったプレッシャーは計り知れない。だがそんなことは中学校の頃から慣れていた。そう言った重圧を全て跳ねのけて結果で黙らせる。そんな姿に嫉妬をして、いじめも企てる者を居たが、赤頭の真剣さに皆、実行をする前にやめてしまう。

 とかく身長が二メートル近くある生粋のラガーマンをいじめんとしようものなら、反対にボコボコに殴られて、吊るしあげられてしまう。

 アメリカのストリート界隈で喧嘩を売ってはならないスポーツ選手はボクサーではなくアメフトの選手とまで言われているのだ。

 頭は悪かったが、その手の厄介ごとについては自分で解決できる能力? いや武力を持っていたのである。

 その武力を自己防衛のためにだけに使っていればよかった。他人のために使ってしまったがために、挫折亡き栄光の青春は闇に閉ざされたのである。

 この男は人一倍正義感が強かった。何と言っても屈強な体を持ち、全てのことを自分独りで解決させる能力があるのだ。悪事を働く人間やそれに屈してしまう人間の気持ちだと分かりっこない。

 しかしその純粋無垢な正義心とは時に悪よりも恐ろしい凶器となる。


 進級した春、赤頭はキャプテンに就任した。二年生でありながら、三年生を指し終えてチームを任されたのである。

 まさに三年生の顔は丸つぶれである。だがその憤りを赤頭にぶつけることは出来なかった。実力でも喧嘩でも勝てないことが分かっていたからだ。

 だがそれでも確実に溜まっていくものがる。屈辱、恥辱、惨落、嫉妬……この言葉では言い切れないほどの感情は吐き出さなければ消えることはない。

 いずれ赤頭にぶつけることのできない感情は行き場を失い、生贄を作り出すのである。それこそが三年による赤頭を除く二年生へと嫌がらせだった。

 もちろん二年生に対する嫌がらせ行為は赤頭の見えない場所で密かに行われた。そしてそのことを二年生も赤頭に隠したのである。人が集まり集団となった時、少なからず階級が生まれる。それは揺るぎないものであるがゆえに、揺らいでしまった途端、大きな波動を生むのだ。

 三年の嫌がらせはチームという大きな媒体を通して見た時に容認せざるを得ない事象だった。いじめとまではいかないが、その学年の力を利用した過度な命令などが目立った。

 だがチームで活動している以上、いくら隠しても限界がある。掬った泥が指の隙間からが漏れ出すように、溜まり続ける問題はどんなに隠蔽しようと溢れ出てしまう。

 そしていずれ赤頭の耳に入ってしまうことはチームの全員が協力しようと不可能であった。

 実力がゆえに組織構造など学ばず、これから先もそのような組織を闇の知る必要のない赤頭にとってはやむを得ないという意味が理解できなかった。

 そしてその集団の性とも言える階級にひずみを作った原因が自分であるとは気が付いていた。

 その責任感はあらぬ方向へと赤頭を突き動かし、この問題の解決のため傷口に塩を塗るような手段に躍り出てしまったのである。

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