第34話 二人の問題

「まったく相も変わらず、悪趣味な事ですわ」


 そう言って、魔窟に入った青橋はノエルの机を確認した。無造作に置かれた書類やノートの山の中、机の端に追いやられたスマホが目に留まった。

 男たちに囲まれながら花魁道中のようにゆっくりと近づいてい来るノエルに対し、青橋はずかずかと肩で風を切りながら、詰め寄っていった。

 ノエルに体を近づけると、そのまま押していき、端まで追いやると、興奮した振りをしてを机強く叩いた。


「これを説明してほしくてよ」


 その音と迫力で魔窟にいる生徒の耳目は青橋に集中する。書類の山が崩れ、教室全体が共振した。誰も叩きつけた手を見ている生徒などいなかった。

 その衝撃でノエルのスマホは落ち、青橋が持ってきた偽のスマホがノエルの机の上に置かれたのである。

 ここでしゃがみ込み、回収したいところだったが、変な動きを見せては怪しまれる。ノエルのスマホがどこに落ちたかを確かめ、一先ず立ち去った。


 そしてその日の深夜、青橋は学校に侵入したのである。

 二十三時五十分、学校に到着。バンキシャ部の面々が訪れる十分前に学校に侵入したのである。この時、生徒会長である青橋は昇降口の鍵を持っていた。教師から絶大な支持と信頼を受けている青橋が鍵の返し忘れを一度したところで、「珍しいことがあったものだ」で済む。そのためピッキングの技術も無くてもいい、信頼とは望月の技術を簡単に凌駕するのである。

 学校に侵入した青橋は魔窟へと向かった。


 着々と作業を進め、スマホの回収に成功した十二時四十分、異変が起こった。

 本来なら一時から巡回を始める警備員が昇降口から入ってきたのだ。青橋はノエルのスマホをポケットに忍ばせて、壁に体をくっつけた。

 その時である。二階から悲鳴が聞こえたのだ。

 警備員もその悲鳴に気が付き、いつもなら一階から順番に巡回するところを慌てて階段を駆け上がっていったのである。


「危なかったですわ……」


 ふっと息を吐く青橋、悲鳴の正体は分からないが、その隙に昇降口へと向かった。

 慎重に鍵を開け、ゆっくりと扉を開けたが、突風にあおられて、大きな物音を立ててしまう。

 周りを見渡し、他に誰もいないことを確認すると、十二時五十分に学校から立ち去った。


 それから一日と十六時間が経過した今、青橋は覚悟を決めていた。

 向かった先は放課後の昇降口である。生徒の下校が始まってから時間が経ち、人もまばらになった頃、一人の生徒に声をかけるのだった。


「赤頭!」


 そこには今まさに上履きから靴へ履き替えようとする赤頭がいたのだ。青橋の顔を見るなり、まだ靴のかかとを踏んだ状態で逃げ去ろうとした。


「これがあなたの正義なのですか、赤頭!!」


 青橋の怒号に足が止まる。大きな図体が実に小さく見えた。カバンを強く握りしめ、足が震えている。


「生徒会室に来ないあなたがなぜこんな遅くまで学校に残っているのですか」


 赤頭は答えようとしなかった。じっと校門のほうを見て、肩をすぼめている。


「あなたが他の教室での生徒会の雑務に取り組んでいることは知っています。書類の整理や経費の計算、副会長がやることではないようなことまで、まるで庶務のようにやっていたではありませんか」


 ほんの少しだけ振り返ったが、まだ顔は見せない。


「あなたがどれだけ生徒会のことを思っているかはよく分かっております。でもやり方があなたらしくない。確かに無断でバンキシャ部を作ってしまった。しかしそれはもう過ぎたこと。私も怒っていません」


「しかし俺は!」


 赤頭は振り返らずに叫んだ。


「俺は……会長を裏切ったんです。汚い男なんです。もう顔を合わせることはできません」


「だからそれを取り返そうと、ノエルと手を組んでこんなことを?」


 青橋がそう言って、昇降口に無数の書類をばら撒いた。ひらひらと飛んできた一枚が赤頭の視界に入る。

 それはノエルと赤頭のやり取りが残されたアプリ画面の数々だった。こんなものが他の生徒の目に留まりでもすれば大問題だ。自分だけではない、会長である青橋までもが問われてしまう。


 血相を変えた赤頭は昇降口に散らかった書類を回収しようと、床に膝をつき、必死になって集めた。

 だが回収しようと伸ばしたその手の先にある書類を青橋が踏みつけたのだ。

 ゆっくりと顔を上げる赤頭。そこには久しぶりに目にする会長の顔があった。


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