第33話 敗者の誇り
その日の放課後、ノエルは急ぎ足で生徒会室に向かっていた。
バンキシャ部にはなかった。なら考えられるのは青橋しかいない。一昨日、魔窟に訪れたのは青橋だけだ。よくよく考えればあの時から無くなっていた。
ノエルが風紀員会の面々を連れて、大股で歩いていくと、既に青橋が生徒会室の扉の前で待っていた。ノエルの存在に気が付くと、微笑みながら歩いてくる。
その不敵な笑みに防戦するため、先に質問したのはノエルだった。
「星美、あんたもしかして……」
「先ほど、パソコン部の部長が生徒会に訪れましたの」
ノエルの言葉を遮って言った。
なぜ今頃、ミミが生徒会に? 今日でバンキシャ部は停部の一週間目になり、それと同時に廃部が生徒会によって決定する。
不思議な顔をするノエルを前に、青橋が風紀委員の停部届を取り出した。それをノエルの目の前に掲げると、堂々と破り捨てたのである。
「いまさらなにを……もうバンキシャ部の廃部は決定したようなものでしょ」
「いいえ、この停部自体が無かったことになりましてよ」
紙の雪が舞い散る中でそう言った。
「ど、どういうこと……」
「風紀委員の誤認処分、そして裏サイト運営の情報流出、これは大スクープね。そして全てパソコン部の副部長である鳥海千佳が仕組んだことだと白状してくれたわ。そして巳塚さんから正式に被害届の取り下げを申し付けに来ましたの」
「そ、それこそ生徒会の出る幕ではないでしょ」
「そうね、でもそれは風紀委員が公平な場合に限っての話ですことよ」
青橋はノエルの傍らを通り過ぎた。そして手に持っていたスマホをノエルの胸に押し当てるのだった。
これは二日前に亡くしたスマホ、てっきりバンキシャ部が盗んだものだと思い込んで捜索をしたが、見つからなかった。
そこで訪れた生徒会室。ノエルの予想は一歩も二歩も遅く的中した。
やはり青橋だったか……
「あとは私とあの人との問題です。あなたはバンキシャ部に謝罪してきなさい。それがいまの風紀委員に出来る最大の労いです」
ノエルは失っていたスマホを握り締め、その場に膝をついた。まさか鳥海が白状するなんて、そしてこのスマホが全てを語った。
完全な敗北である。
ノエルは鞭で自分の肩を叩いた。悔しさや惨めさなどの感情を吹っ切るために気合を切れ直す。
「鞭って以外と痛いものね」
「委員長……」
風紀委員の男に手を差し伸べられるが、それを振り払った。
「一人で立てるわよ。そんなことよりバンキシャ部に行くわよ」
ノエルは壁に手を突きながらやっとの思いで立ち上がる。そして大きな息を吐き、まっすぐと旧校舎の方角を睨みつけた。
今後、どのような処分が下るのか分からないが、今自分が出来る仕事をやり遂げる。それこそが風紀委員という場所で築き上げてきた流儀だった。
それに付き従う部下たち、青橋によってその威厳を打ち砕かれようと、その背中から誰一人離れようとしなかった。
それがこの組織なのである。
なぜ青橋がノエルのスマホを持っているのか。
その動きはバンキシャ部の停部届を初めて見た時からすでに始まっていた。
風紀委員が生徒会に断りを入れることなく独断でこのような事をすること自体が異例である。いくらノエルの性格を鑑みたとて、何かしらの裏があるのではないかと青橋は嗅覚が訴えていた。
そこで青橋は魔窟に訪れる前に、引き出しから電源が切られたスマホを持って出て行ったのである。毎月のように寄せられる没収物の管理は生徒会に任されていた。そのほとんどがスマホである。
校内でのスマホの使用は原則として禁じられている。
少し画面を確認したり、メッセージを返す程度なら許容されているが、ゲームや通話をするのは禁止である。まして授業中にスマホをいじるなどはもってのほかだ。そんな校則違反者のスマホの中からノエルが使っている機種と同じものを持ち出した。
それをポケットに忍ばせ、魔窟に向かう青橋。没収物を自由に扱ってよいわけでは無いが、これは少し借りるだけである。職権というのは乱用してはならないが多少の行使は認められるだろう。
こうして青橋は風紀委員が出した停部届と共に偽のスマホを持って魔窟に訪れたのである。
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