第31話 鷹の目

「こいつか……」


 三人はパソコン部の裏切り者を刮目した。この人物が事件の元凶であり、バンキシャ部の記事をすり替えた人物である。

 人物さえ割れれば後は簡単だった。バンキシャ部のホームページに送られてきたリークメールのIPアドレスを確認し、問題となったリークメールとの照合を行う。するとすり替えられた記事も同時に発行された記事も全て同じIPアドレスから送られてきたことが判明した。

 つまりこの事件は全てのこの一人によって仕組まれた事件だったのだ。


「これは私が預かっておく」


 岩寺のパソコンにダビング済ではあるが、入念に消毒したUSBメモリーは雷伝が預かった。


「灯はアドレスのデータの管理を頼む。そして岩寺はこの者の行動予測をブレッドⅡで作成してくれ」


「掌握しました」


「容易い御用ですよ」


 確固たる証拠は手に入れた。ところがこの者がなぜこんな蛮行に出たのかはいまだに分からない。ひとまずそこはバンキシャ部にとっては別にどうでもよいことだ。

 明日、その人物に証拠を突きつけ、全て白状させればいい。そして不本意ではあるが、生徒会に掛け合い、記事の盗作自体が冤罪であり、部活の停部そのものの取り消しを要求する。そうと決まれば、明日の謹慎最終日から活動が再開できる。

 そして風紀委員の誤認処分と裏サイトの情報流出者の記事を作成して、バンキシャ部は一大スクープと共に復活するのである。


 そんな夢想に浸りながら、帰路につくと、街灯の下に人影見えた。

 夕方の六時ごろ、宵の明星が光り、辺りは薄暮となりかけていた。

 影は雷伝を見つけるや否や、近づいてくる。猫耳の付いた可愛らしいフードを深くかぶり、ロリポップを舐めている幼女。スカートから見るに、同じ高校の生徒あることは間違いなさそうだ。

 雷伝は咄嗟にUSBメモリーが入ったポケットを抑えた。岩寺のパソコンに録画映像を落とし込んでいるとはいえ、このデータを奪われるのはまずい。雷伝は一歩後ろに下がり、道を変えようと試みたが、その肩をがっしりと掴まれ、行く手を阻まれる。


「ちょっと話があるんだけど」


 この見た目、望月が言っていたミミと似ている。


「お前がミミか」


「まぁうちのこと知ってるよね」


「何を言いに来たのかは知らんが、裏サイトの記事を盗作したというのは真っ赤な嘘だ。我らはお前たちにはめられた」


「知ってるよ、全部知ってる」


 雷伝はその言葉を聞くと、踵を返した。そしてミミの目を見て、もう一度聞き返す。


「知っているというのはどういうことだ?」


「あんたらが昨日、防犯カメラのデータを盗み出したことも、そこに裏切り者が映っていることもね」


「今日の風紀委員はお前の差し金か」


「それは知らないな。でも風紀委員が差し押さえてくれればもっと楽だったのに、それは少し残念かも」


「つまりお前も裏サイトの情報を流出させた人物を探っているということでいいんだな」


「そうね。そう捉えてもらっていいよ」


 するとミミは視線を逸らし、滔々と語り始めた。


「最初は盗作を疑った。元々ウチに無断で、同じ稼業に手を出すなんて生意気な奴らだと思っていたよ。いい気はしてなかったけど、でもライバルとして認めざるを得なかったのは事実。確かにあんたたちの記事は面白い。だから全く同じ記事を見た時は猶更、腹が立ったよ。ウチが折角認めたのにこんなことをするなんてね」


 ミミは雷伝の肩から手を放し、続ける。


「でも思ったの。これって本当に盗作なのかって……だって情報を開示する前の記事が同時に出ているし、何と言っても文章が違った。文章というのは絵と同じで十人十色なの。だから文章を見ただけでそれを誰が書いたのは分かるのよ。それが自分の文章だったら猶のこと。風紀委員に通報してからどうもきな臭くなった。部員には内緒で色々探ったわ。それでこの事件の発端となったバンキシャ部の管理サーバーに入り込もうとしたんだけど、ダメだった。ウチが弾かれたのは初めてだったよ。あんたらにはそれだけの腕利きがついているし、これは柄にも無く直接会うしかないって思ったの」


 鋭い目で雷伝のポケットを見つめ、指さした。


「だから明日、そのデータと引き換えにあんたらの訴えは取り下げるわ」


「簡単には渡せない。まだ我はお前を信用していないからな」


「全ての発端はウチらの中にある。あんたたちの目的は冤罪を晴らすことでしょ。晴らすための証拠は十分のはずよ。でもウチは違う、命とまで言える情報を横流した裏切り者と方をつけなければないない。それにはそのデータがどうしても必要なの。どちらにせよ、ウチらの誰かが迷惑をかけたことは確かだから先に謝っておくわ。ごめんなさい」


「その謝罪を真実と受け止めてよいのだな」


「ウチが出した被害届をウチが取り下げるんだから、誰も文句を言わないでしょ。でもそれはこっちの問題を解決させてから」


「二言はないな」


「うん、プライドに誓って」


 この鷹のように慧眼は全てを見透かしている。こっちが合作していたことも全ての手に取るように見ていたのだ。

 雷伝はポケットに手を入れ、やっとの思いで手に入れたデータを夕方の薄い光に照らした。

 この女には他にもない覚悟をプライドを感じたのだ。もうデータは残っているし、例え嘘をついていたとしてもバンキシャ部の勝利はすでに確定している。

 あとはパソコン部、裏サイト運営の内輪の問題である。

 雷伝はミミの小さな手のひらにUSBメモリーを乗せた。

 二人は無言のまま見つめ合う。そして小さく頷くと、何事も無かったかのようにすれ違って別々の道を歩んでいった。

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