第24話 魔窟

 あれから数週間経っても赤頭が生徒会室に現れることはなかった。

 青橋は次第に不安になっていく。もう戻ってこないのではないだろうか。

 学校には来ているらしいが、生徒会室に顔を出すことも無ければ、校内ですれ違いもしない。まるで青橋のことを避けているようだった。

 最後に姿を見たのは数日も前になる、それも廊下の角を曲がる後ろ姿だ。


「赤頭!」」


 と声をかけたが、聞こえていないのか、その場から逃げるように去っていった。

 同じ学校に通っているのにここまで顔を合わせることがないのか。あの図体で逆によく身を隠している。


「会長、会長!」


 庶務の一人が大きな声でそう言った。どうやらボーッとしていたらしい。副会長の空席を見つめていると良からぬ想像ばかりが膨らむ。


「申し訳ないですわ」


「最近、大丈夫ですか。疲れているみたいですけど」


「ちゃんと休息は取っているので大丈夫でよ」


「しかし、近頃は全てが上の空というか」


 他の生徒にそんな心配をされるなど、会長として失格である。威厳が損なわれてはここまで築き上げた沽券にかかわる。

 青橋はびしっと自分の頬を叩いて、気合を入れ直した。

 赤頭は絶対に帰ってくる。いまはこの場にいないだけで、必ず傍らを守ってくれる未来が帰ってくることを信じて、山積みになった書類に目を通した。

 仕事に身が入っていなかったため、各委員会、各部活からの報告書が多数寄せられていた。今日はその全てを処理するつもりで、取り掛かる。

 ペンを指先で回し、最初の書類を手に取った。

 風紀委員会の活動報告書である。この委員は他の委員と比べて活動内容が多い。そのため報告書も多くなる。

 ざっと目を通そうとしたが、すぐに視線が釘付けになった。

「バンキシャ部の停部」

 という文字から目が離れない。

 停部に至った内容は盗作。そして期間は一週間とのことだ。


「出てきますわ」


「会長どちらへ……」


「ちょっと茶飲み仲間の元へ」


 その目は先ほどまでの生気の抜けたものではなかった。凛とした風格は懐かしささえ思い出させる。


「分かりました。書類の処理はこちらでやっておきますから」


 他の生徒会役員たちも実に嬉しそうだった。やはりしょぼくれている会長はらしくない。一枚の報告書がトリガーとなる。因縁のバンキシャ部に関わる問題で青橋の冷え切っていた血液が騒ぎ出した。


 青橋が向かった先は風紀委員会室、通称魔窟である。なぜここが魔窟と呼ばれているかというと校則違反を重ねて、特別指導対象となった生徒がノエルの奴隷として働いているからだ。

 一歩間違えば彼のヤ〇マン先輩も魔窟の餌食となっていた。

 教室の扉にはドクロやぼろ布などの装飾品が施されていて、ここはいつ来てもハロウィン気分を味わえる。そして扉を開ければ、暗鬱な雰囲気が教室を覆いつくし、咽返るような匂いと阿鼻叫喚が響いていた。

 だが半数以上の男子生徒の表情が緩んでいて、先ほど述べた咽返る匂いとは半ば、発情した男子のフェロモンである。

 ノエルにお仕置きされたから、わざと校則違反を犯し、魔窟に入る者もいるとか。

 別称桃源郷などと言っている岩寺とかいう男子生徒がいるとかいないとか。


 魔窟に入った青橋は軽蔑した目を向けながら、言った。


「まったく相も変わらず、悪趣味な事ですわ」


 すると奥から鞭で周りの奴隷たちをなじるノエルが姿を現した。それに合わせて、青橋はずかずかと奥へと進んでいった。


「星美、どうしたの? こんな場所に来て」


「これを説明してほしくてよ」


 青橋はポケットからバンキシャ部の停部を決定した報告書を取り出し、机に叩きつけるのだった。

 その衝撃でノエルのスマホが落下したが誰も気が付いていない。それほどまでに強く迫ったのである。


「好都合でしょ。あんたが嫌いなあの部活が停部になったんだから。それに一週間、主な活動が出来なければ廃部になるんじゃなかったっけ」


「あなたどこでそれを?」


「えっ? ああ、風の噂よ」


「私もあのバンキシャ部とやらは嫌いですわ」


「だったら……」


「しかし規則は規則です。部活の停部を決断するには生徒会の許可が必要なのでは?」


「それは相談ということでしょ。つまり話が通っていればいいってこと。決定権は風紀委員にもあるのよ」


「だからと言って、これでは生徒会の意味が損なわれますわ」


「だってずっと仕事していなかったじゃない」


 ノエルに痛いところを突かれる。


「以前のあんたはどっかに行っていたじゃない。業務にも身が入らずに無気力で、それで気を持ち直したら、また同じような態度でモノを言うの? それって少し傲慢過ぎない星美」


「そ、それは……」


 返す言葉が無かった。確かにここ数週間はまともに身が入ってなかった。


「別にあたしは星美を責めたいわけじゃないんだよ。ただ戦っているのはあんただけじゃないということ、『バンキシャ部を倒すのはあたしよ』なんて言う悪役じみた台詞を言ってほしくないだけ」


「ノエル、あなたの意見はよく分かりましたわ。でも一つ言わせてください」


 大きく息を吸って、真っすぐと視線を向けて、言った。


「バンキシャ部を倒すのはあたしですわ」


「言っちゃったよ……」


 捨て台詞を魔窟の床に投げつけると、胸を張って出て行った。

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