第23話 参考人
生まれこの方そんなへんてこなあだ名をつけられたのは初めだ。まぁ陰で呼ばれているものまでカウントしたらどうなるか分からないが。それは置いておいて、そもそもあだ名で呼び合う友達など出来たことが無かった。
一宮とは初対面だ。それでいきなり、あだ名呼びとは恐るべきヤ〇マン先輩……
「雷伝未知留ちゃんでしょ、略してミッチー。それでいいよね」
「も、問題はござらに」
「面白い喋り方」
いつもの喋り方と甘噛みが混同して語尾が変な感じになってしまった。
「んでどったの? こんなところまできて」
「その前に我のことを知っているのですか」
「当たり前でしょ、全校の前であんなにイケイケなことをやるんだもん。知らんやつのほうが珍しくね。てかなにその眼帯、ウケるわ」
「こ、これは」
「部長殿……」
一風が咳払いをする。危ない危ない、このままだと一宮のペースに乗せられてしまうところだった。ここには広報委員の真相を確かめに来たのである。
「その一宮先輩……」
「ヤ〇マン先輩でいいよ」
陰口じゃなかったんだかい! まさかそんな不名誉なあだ名を自称しているのかこの人は。自分がビッチであることに誇りを持っていやがる。
「ヤ、ヤ……」
「言いづらかったら、あばずれ先輩でも、安女郎先輩でもいいよ☆」
これは自虐ネタなのか、それとも男を侍らせていることを自慢しているのか。
「では気を取り直して、ヤ……」
「安女郎先輩、話があるであります」
一風が潔く言った。
そっちかよ! 雷伝は思わずツッコミそうになる。その前に「ヤ……」と言っていたことがまるで安女郎先輩と言おうとしていたみたいではないか。
「なになに恋愛の相談とか?」
「いえいえ、広報委員のことについて少しお話が」
一風がそう言うと、首を傾げた。
「委員会のこと? 別に役職とかないよ、あたし」
廊下を歩きながら、話を聞く雷伝と一風。三人は自販機へと向かっていた。せっかく三年の教室に来たのでジュースを奢ってくれるらしい。思ったより優しい先輩で少し安心した。
しかしこんな人が事件に関与していることが事実なのだ。二人は慎重に少しずつ話聞いていった。
「その……先週の水曜日のこととか覚えてますか」
「先週の水曜日? なにやってたけなぁ」
「確かその日は広報委員の当番があった日ですよね」
「そうだね、その日はあたしだったわ」
「なぜ鍵を開けっ放しにしたのですか」
雷伝がそう言った瞬間、一宮の足が止まった。顔が強張り、ぎろりと視線を向けてくる。
本題に入るには早急だったが、だがここで引くわけにはいかない。さらに突っ込んだ質問をした。
「もしかして誰かに指示を受けたとか」
口ごもり、少し考えてから言った。
「あんたらに迷惑かかった?」
怒っているわけではない。実に申し訳なさそうな表情をしている。それを見て、雷伝は事の顛末を洗いざらい話すことにした。
「実は……」
この事件の全容を聞いた一宮は体を正対させて、何度も頭を下げる。
「ごめん、マジごめん! そんなことになってたなんて知らなかった。今日はジュース何本でも奢るよ」
「盗まれた記事の時、先輩が当番で?」
「うん、その三回ともあたしだわ」
「誰かに依頼されたとかですか」
「うん、それがね……」
一宮が語った真相はこうだった。
素行不良で何度も風紀委員に捕まっていた一宮には最後通告が来た。
「次、校則を違反した場合は風紀委員への強制入隊を命じる」
あのノエルの奴隷になれと言うことだった。あんな男たちと共に首輪を付けられ、毎日靴を舐める生活なんてまっぴらごめんである。
だが校則なんて守れそうにない。地味っ子になれだなんて無理な相談。するとノエルがもう一つの提案をしてきたらしい。
それが
「コピー室の鍵を解錠したままにしておく」
というものだった。
切羽詰まっていた一宮はその約束を二つ返事で許諾した。指示通りに開錠した状態で一時間だけ時間を潰し、再び施錠して帰る。たったそれだけのことで校則違反には目を瞑るとまで言われたのだ。その時はなんのことだか分からなかった。
だがこれだけのことでこれまでの違反も全てがチャラになるなんて、割のいい仕事だった。
「そういうことか……」
「ではやはり、この事件の黒幕は弓原ノエルで間違いないかと」
一風がそう言った。
しかしあの風紀委員会が盗作の容疑をかけるためにそのようなことをするだろうか。あのような格好をしているが清廉潔白であることは確か。雷伝はまだ断定できなかった。
「ありがとうございます先輩」
「本当に悪いことをした……」
「そういう事情なら仕方が無いですよ」
「今後も何かあったら協力するよ、だからいつでも頼ってね」
「よろしくお願いします!」
雷伝と一風は持ちきれないほどのジュースをおごってもらった。レジ袋いっぱいになるまで貰ったジュースを放課後、部室に持って帰ると岩寺が仰々しい顔でそのパンパンになったレジ袋を見つめた。
「まさか部長、その長くて硬そうな円柱状をものは……」
「違うわ!」
「え? 何が違うんですか僕はただペットボトルと言おうとしたのですが」
白々しく眼鏡を直した岩寺の顔をその袋で思いっきり殴りつけてやった。
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