第22話 先輩の教室

「やけに神妙な顔をしておりますな、部長殿」


 屋上に上がってきたのは一風だった。

 これはボッチあるあるだが、なぜか一緒に同じ場所でランチを食べていることが他の生徒に知られるのが恥ずかしい。

 一般生徒には到底理解しがたい考え方だが、ボッチにはボッチであることに矮小な自尊心を抱いているのだ。そのためアニメ部のメンバーも用事が無ければ、無駄に集まることはない。まして校内では友達がいない演技をしている。

 そのため一風は時間をずらし、遅れてやってきたのだ。


「これが手に入ったんだ」


 シフト表をひらひらと風になびかせる。


「広報委員の……」


「望月の伝手で手に入ったんだ。何と言っても委員長があの悪しき同名の一員だったのでな」


「恐るべき同盟であります」


「そうだな」


 雷伝は笑いながら続けた。


「我はこの一宮……咲? という人物に話を聞こうと思っているのだが、知っているか灯?」


「一宮……でありますか。うーん、あっ」


 何かを思い出した仕草をする。


「何か知っているのか。この生徒の詳細を」


「自分もあまり詳しくないのですが、確かその生徒、三年生でありますよね」


「そうなのか!? それすらも知らなかった」


「自分が生徒会の偵察をしてる時に、何度が見かけたであります」


「ではやはりこの事件の黒幕は……」


「いえいえ。会長に直接、会っていたわけではありません。会長の親友と思われる弓原ノエルによく指導されていたので覚えています」


「あの風紀委員長だな」


 ほんの数日前に全てを奪い去った女のことだ。鮮明に顔まで浮かび上がる。


「これは岩寺のほうが詳しいと思いますが、一宮のことを巷ではヤ〇マン先輩と呼んでいるらしいですよ」


 その響きをどこかで聞いたことがある。

 話を遡ること生徒総会の前、初めてブレッドⅡの存在を教えられたときに岩寺が例として言っていたような気がする。

 まぁその一宮が著しく風紀を乱していることは言うまでもなさそうだな。しかしそんなビッチが広報委員だったなんてな実に以外である。

 委員長も昨日話した男二人もチャラそうには見えなかった。むしろ彼女なんて今まで来たことがないような見た目。

 そんな先輩が近くにいたら、男子は皆……

 雷伝の思考は数秒で結論に至った。

 いやロリコンだから大丈夫なのか。


「なるほど!」


「どうしたでありますか」


「い、いや何でもない」


 下らないことで頭を回してしまった自分を叱咤する。

 だがそんな〝男〟にしか興味が無そうな先輩がバンキシャ部潰しに協力するだろうか。想像の段階ではさらに謎が深まるばかりだ。

 取り敢えず上級生の教室に行って一宮から話を聞かなければならない。

 雷伝は手に持っていたサンドイッチを口の中に押し込むと、お茶で一気に流しこんだ。


「我はその人物との接触を試みる」


「部長殿、ちょっと待つであります」


 慌てて弁当をかき込む一風。彼女の弁当は缶詰のようなものと乾パンだったのですぐに食べ終わることが出来る。ただし乾パンによって口中の水分が奪い去れた。

 可愛らしい丸い輪郭が少ししぼんだように見えるのは気のせいだろうか。


 二人は三年の教室が建ち並ぶ階へと向かった。

 よく岩寺は二年生の教室にやってきたな。踊り場で足がすくんで動けない。一学年上は猛獣と変わらない。


「よし………」


 息を吐いて、いざ出陣。廊下に出た雷伝に注目が集まる。あれだけのことを全校の前でやってのけたのだ。それは注目が集まっても仕方がない。

 一瞬にして人だかりが出来た。


「ちょ、ちょっとすみません。通してください」


 雷伝が悲痛の叫びを訴えても迫りくる人の群れが収まることはない。続々と人が集まり出し、まるで刑務所から出所してきた芸能人に群がるマスコミのようになっていた。


「一宮さんはいますか」


 雷伝が叫んでも、背を伸ばして、その姿はなかなか見つからない。一風に目配せするが、首を横に振った。

 すると一人の女子生徒が雷伝の前に現れる。


「あなたたちバンキシャ部ね。停部になっている部活の部長が三年の教室になんのようなの?」


 冷たい視線を向けてくる先輩。これが一宮咲か? その見た目はどこからどうみてもヤ〇マン先輩というよりはヤレナイ先輩だ。

 黒縁眼鏡におさげでスカートの長けも学校が規定しているものより遥かに長い。顔にはニキビがあり、お世辞にも可愛いとは言えないだろう。

 まぁヤ〇マンと聞いて特質する点は放漫の胸くらいだ。だがこれが男子を魅了している一宮咲の正体なのか?

 雷伝は上級生に詰められる恐怖よりも先にハテナマークが脳内を占領していた。


「鳥海、出しゃばった真似すんなよ」


 人だかりの奥から声が聞こえてくる。声紋は女子特有の高さがあったが、声はかすれていた。群がった生徒たちをかき分けて現れたのは派手髪にミニスカート、肌もこんがりと焼けていて、魔女のように伸びきった爪にこれでもかというほどネイルをつけたギャルだった。

 先ほどのおさげとは対照的な人種。

 雷伝に詰め寄る女子生徒の肩を掴み、ぐっと引っ張った。


「ちょっと何するのよ」


「この後輩ちゃんはあたしに用があんだよ」


 その姿を見て、一風が耳打ちをする。


「部長殿、間違いないです。この方です」


「あたしが一宮咲だけど、どったのミッチー」


 ミ、ミ、ミッチー?

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