第12話 調略

「お、お前は確か……」


「大銀河帝国の英雄、雷伝未知留様だ」


「そんな名前だったな〝元〟アニメ部の部長。こんなことをして何の目的だ」


「何を偉そうに……」


 雷伝は腕時計に似た器機のスイッチを押す。するとまるで掃除機のコードのように伸びた糸が回収され、その先には先ほどまで赤頭が握っていた青橋の下着写真があった。

 その写真を指で挟み、不敵な笑みを浮かべる。


下着写真エサに引っかかった分際で、よくもまぁそんな堂々とできているな、副会長」


 舐めるように見つめる雷伝。


「それを撮ったのはお前か……」


 怒りに震える赤頭。


「生徒会長を盗撮したのはお前かと聞いている! 雷伝未知留!!」


「そうだ」


「貴様、よくも……」


「では聞こう、この写真を見つめた時、その心に不純なものが無かったと会長に誓えるか」


「当たり前だ!」


 唸る赤頭。だがさらに追撃する。


「眼を見て言え赤頭!!」


 写真を突きつけて、さらに怒鳴りつける雷伝。


 その二人の掛け合いを裏山の木の陰から注目していた二人は、未だにギニースーツを着ていた。


「完全に酔いしれていますね部長さん」


「部長殿はモードに入ればとことん強いですから。それにあの状況なら手が出ることもないし、動物園でガラスの向こうにいる熊が怖くないとの同じ理論です」


「それもあの人の長所ですね。僕たちは陰から見守るとしますか」


 何度も頷く一風、岩寺は双眼鏡を片手に押し殺したあくびをした。


 写真を目にした赤頭の顔は真っ赤に熟れる。やはり下心コミコミの没収だったか。予想通りだ。


「別に我はお前のことを責めているわけでは無い。年頃の男子とあらば女性の裸に興味があるは普通のことだ」


「俺を他の連中と一緒にするなよ」


「ああ分かっている。分かっているとも……お前は生徒会長だからこそ許せなくて、生徒会長だからこそこの写真に見とれた……違うか」


「うっ」という表情を変わる赤頭。恐らくこの男に恋愛経験はない。ラグビーに打ち込んだ青春から一転し、今は美人生徒会長の御傍付き。そこで溜まったフラストレーションが爆発してもおかしない。

 いまの赤頭にとっては生徒会長がどの女優よりも綺麗に見えて、どのアイドルよりもかわいく見えているのだろう。

 年頃の男子の心を突く雷伝はさらなる兵器を取り出した。

 ノートパソコンを開き、エンターキーを押す。それを掲げ、大木に吊るされた赤頭に見せつけた。


 ブラウスのボタンを一個一個外していく青橋。意識をしていないのにまるでストリップショーのようだ。


「なにを……」


 赤頭も言葉が詰まる。ぽたぽたと鼻血を垂らし、必死に耐え凌いでいるがもう理性は爆発寸前だ。

 血だらけの顔で息を荒げていた。


「我もただでこんなものをお前に見せているわけでは無い」


 あと少しの場面でパソコンを閉じる雷伝。

「ああ~」という言葉が漏れそうになったが歯を食いしばり、ぐっと堪えた赤頭は再び青橋の顔を睨みつけた。


「この先の映像が見たければ、ここにサインしてほしい」


 胸ポケットから取り出した封筒には部活の申請書が入っていた。部活名はバンキシャ部。部員は雷伝を含める三人。アニメ部と同じ部員で同じ部室。だが名前だけが違う。

 活動内容は学校の掲示物を発行するというものだった。


「こんなもの認められるわけがないだろ。会長が廃部にしたアニメ部の名称を変えただけじゃねぇか」


「今回はしっかりとした活動内容があるから違うぞ」


「だが……」


 生徒会長が直々に決定した廃部。それを名前を変えたくらいで簡単に覆せるわけがない。


「その申請書は受理できない」


「別にそう堅くなるな。これはただの紙切れ一枚だ。それに生徒会が廃部にしたのはアニメ部だろ。今回はバンキシャ部。もはや物が違う。簡単な仕事だ……ただサインさえすればこのデータはお前にやろう」


 にやつきながらSDカードを差し出す雷伝。そこには先ほど見た映像のその先が収められている。

 威厳や理性を抜きにしたら、喉から手が出るほど欲しい。写真ではない、動いている会長の下着姿。そして妖艶に着替えるその仕草。

 赤頭の目はぐるぐると回っていた。


「いいか、言い訳ならいくらでもできる。副会長にはその権利があるんだ。ただサインするだけ、そんな簡単なことをするだけで、こいつはお前のものだぞ」


 思考が歪む、正義感が歪んでいく。沸々と煮えたぎる欲求は都合の良い解釈で明瞭になっていく。

 これは贈収賄だ。だがそれで何がいけないのだ。バンキシャ部、確かにアニメ部と同じメンバーでも活動内容はしっかりしている。それに教室も余っている。


「まぁもしもどうしても嫌というなら、このデータは学校の裏サイトにでも売ってしまうがな」


 ここで雷伝は最終手段として、赤頭に正義の口実を提示した。

 学校の裏サイト。そんなところに売られたら、全校生徒に生徒会長の裸が見られてしまう。そうなるよりは……


「ちょっと待った……」


 赤頭が目を見開いた。


 その瞬間、木の陰から一部始終を見ていた一風が言葉に出し、そして雷伝が心の中で呟いた。


「「勝った」」

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