第11話 詐謀偽計

 一風の白い歯を見せ、ゆっくりとトリガーを引いた。

 ストックに密着していた肩に振動が走る。

 飛び出したBB弾は糸を引いたように一直線で赤頭の首筋に向かっていった。


「襟足から五センチの脊椎に命中」


 双眼鏡を見つめながら言った。その初撃で赤頭の歩みを止めることに成功。立ち停まり、ふと振り返る赤頭。首筋のあたりを手で抑えている。


「もう一発だ」


 すぐに一風がボトルハンドを引き、トリガーに指を掛けた。


「焦らずに、対象はまだ気が付いていません」


「ああ、分かってんよ」


 落ち着いていた一風はまたトリガーをゆっくりと引いた。

 BB弾は抑えていて指の間を縫い、またもや首筋に命中した。


「対象、こちらを見ています。しかしスコープの反射を感知した様子は見えません」


「まぁこんくらいでずらかるか、長居はよくねぇ」


 一風はやっとスコープから目を離した。


「痺れましたよ一風さん」


「馬鹿言うな、あたしを誰だと思ってやがる」


 一風は仕事を終え、ふっと息をつくと唇を指でなぞった。


 首筋に二回の痛み、まるで太い針で刺されたようなツンとする痛みだった。赤頭は首をかしげながら、痛みの方角に目をやる


「どうしたのですか副会長」


「いえ、ちょっと……」


 虫に刺されたような痛みではない。まるで小さい小石がかなりのスピードでぶつかったような。赤頭はじっと部室棟のほうを見つめた。そこから何かが飛んできた。

 目を細める赤頭。すると部室棟の奥に人影が見える。まるで赤頭から逃げるように部室棟の裏へと消えていく影。

 あの独特の痛み、まさか誰かが会長にイタズラを……赤頭は足元に目線を落とした。

 そこで卒倒する。そこに落ちていたのはBB弾。こんなものが敷地内に落ちていることすらおかしい。そしてこの痛み……まさか!

 怒りに震えた赤頭は大股で部室棟に向かった。


「ちょっとどこに行くのですか副会長!?」


 状況を知らない青橋はその行動を不自然に思ったことだろう。いきなり何もない部室棟に向かって歩き始めたのだ。

 だがここは赤頭も冷静に言った。


「会長は先にグラウンドに行って下さい。俺は少し気になることがあったので、それを確認してから向かいます」


「あら、そう。まぁ今回の仕事は私一人でもよくてよ」


「いえ、副会長たるものいつ何時でも御傍おそばにつき、安全を守るのが役目ですから」


 赤頭は怒りをぐっと抑えて笑顔でそう言った。

 もしもこれが本当にイタズラならかなり悪質だ。ラグビーで培われた強靭な肉体があったからこそ耐えられたが、万が一BB弾が会長に当たっていれば……

 考えただけでも恐ろしい。そもそも学校にそんな危険物を持ち込むなど言語道断。その上、それで会長に銃口を向けるとは……

 一歩一歩、歩むにつれ赤頭の怒りは高まっていった。

 部室棟の壁に手を突き、吠える。


「おい、そこに誰かいるんだろ! 出てこい!!」


 だが消えていったはずの裏側には誰もいなかった。反対側から抜けていったわけでもない。犯人はこの周辺で身を潜めているに違いなかった。

 目線を落とす赤頭。草木が生い茂り、手入れされていない場所で何かが光った。微かな太陽光により、反射している。

 赤頭はその反射物を拾い上げ、まじまじと見つめた。


「こ……これは」


 それは一枚の写真だった。ただの写真ではない。会長の下着姿を映し出されている。こんなもの誰が! と思いつつもその写真から目が離せない。この学校に盗撮犯がいる。そしてこれは盗撮犯の落とし物か……?

 部室棟の裏など誰も寄り付かない。裏山も昔は体力強化で使われたが、今日こんにちはもうずっと整備されていない。

 目の前の秘蔵写真。赤頭の脳内は葛藤が渦巻いていた。まるで先ほどまでの正義感が吹っ飛ぶほどの魅惑の一枚。犯人を捜さなくては、だがこの写真はどうする? 

 悩んだ末、

(これは生徒会が取り締まらなければ)

 と自分を納得させ、しれっとした顔でその写真をポケットに入れようとした。

 その次の瞬間、足元が浮き上がる。

 地面が起伏し、草木から地引網が足元をすくった。

 それが赤頭の体を包み込み、手かからは写真が零れて、ひらひらと地面に落ちた。


 まんまと罠に引っかかった赤頭は無残にも大木に吊るしあげられた。

 こんな古典的な罠がこの時代にまだあったのか。そして絵に描いたように綺麗に醜態をさらす赤頭。

 もがいても網の中から抜け出すことが出来ない。いくら筋肉があり、百キロ近い巨体でも体が縮こまった状態では力を発揮できない。

 必死に足掻いていると、裏山から高笑いが聞こえてきた。

 戦隊モノの悪役さながらのうるさい笑い声で、袖を通していないブレザーがなびいている。斜面に仁王立ちし、眼帯を抑えながら格好つける女子生徒。


「無様だな副会長」


 雷伝が勝ち誇った顔で見下ろしていた。

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