第10話 海常臨の白い悪魔
――作戦決行日。
放課後、一風と岩寺は部室棟奥の裏山に身を潜めていた。
ここで海常臨高校の造りを説明すると、校門を潜ってすぐに現れる建物が主に授業で使われている新校舎である。その奥に旧校舎があり、野球部とサッカー部のグラウンドに面している。
そしてレフト側に建てられた部室棟。ここにはほとんどの運動部が部室として使っている。裏山は旧校舎と部室棟の裏にあり、その二つの建物の間から校庭を眺めることが出来る。だがその隙間はかなり狭く、裏山に立ち寄る生徒などいまではほとんどいない。
草木の中を匍匐前進で移動し、岩寺は双眼鏡で校庭を見つめた。グラウンドの周りには外周と呼ばれる道がある。よく運動部はこの道でランニングメニューをこなしている。
「ここが一番いいポイントですね」
「了解であります」
二人は迷彩服の上にギニ―スーツまで身に着けていた。
一風は念入りに草木を踏みつぶし、ちょっとしたスペースを作る。
すると背負ってきていた大型のケースを開けた。中にはスナイパーライフルが分解して、収められていた。M40A1、アメリカの海兵隊で使われた精度の高いスナイパーライフルのエアガンである。
スコープを取り付け、狙撃ポイントにピントが合っているかどうかの確認。そして次にストックに歪みないかを確かめる。マズルかなら中を覗き、弾詰まりがないか念入りにチェック。安全を十分に考慮した後、いよいよマガジンを装填する。
使用する弾丸は0.25gのBB弾。他のBB弾に比べて重く、誤差が少ない。最後にバイポットを地面に差し込み、射角が固定されているか確認。
一連の動作に無駄がなく、それは本物のスナイパーさながらであった。
人差し指に唾を付け、風向きを測る。
「北風……三メートルと言ったところか」
バットプレートに肩を付け、スコープを覗き込むと、踵を地面と平行に倒した。
「流石ですね、一風さん」
「感心するのはいいが、てめぇの仕事はしっかりこなせよ」
食い入るようにその作業を見つめていた岩寺に向かってそう言った。
「は、はい」
一風は銃器を持つと性格が変わる。いつもは誰にでも敬語で喋っているが、グリップを持った瞬間、顔つきが変わると同時に喋り方がハードボイルドになる。
心なしか眉毛が太くなったようにも見えるし、目も細くなったのではないかと思う。
以前岩寺が一風のポテチを食べようとしたときが良い例だ。あのように性格が豹変してしまうのだ。
岩寺は言われた通り、双眼鏡を覗き込み、赤頭が出て来るのをじっと待っていた。
なぜ二人がこんな格好で標的を待ち構えているかというと、それは昨日、一風が立てた作戦にある。
赤頭が青橋にべったりとくっついている問題。これを解決する案として提示されたのが、狙撃だった。
「おい岩寺、ターゲットの動きは把握できるんだよな」
口調が変わった一風が低い声で問いかける。
「ええ、そこは任せて下さい。明日の生徒会の予定といたしましては野球部への訪問があります。生徒総会にて行う壮行会の打ち合わせを軽くするだけなので、実際のところは会長のみで良いのですが、赤頭が付いてくることはほぼ確実と言っていいでしょう」
「じゃあそこまでに通るルートも分かるな」
「はい。恐らく外周の西側を通って、グラウンドに向かうかと」
岩寺はディスプレイに学校の地図を表示し、説明した。そこには二人が通るだろうルートが赤い線で記されている。
青橋のデータによれば、グラウンドを突っ切ることは決しない。特に外という自然の力が作用する情報はブレッドⅡにて綿密に記されていた。
すると一風はパット見て、ある一点を指さす。
「ここだ。ここでターゲットのドタマをぶち抜く」
それは裏山だった。そこから指をなぞり、赤い線上へと持っていった。旧校舎と部室棟の間。距離にしては約一〇〇メートルと言ったところか。恐らく裏山から外周を通る人間が見える時間はほんの数秒間しかない。
だが一風は自身に満ち溢れて、続けた。
「あたしがターゲットの首筋にぶち込む。どんな大男でも立ち停まるくらいはするだろう。そうしたらもう一発、同じところを狙撃。流石に振り返り、射角のほうに目を向ける。それに合わせて、あんたが物音を立てるんだ。足元には二発の弾丸。そして部室棟から物音。これで独りにならない男はいねぇ」
確かに、まさか一〇〇メートル先の裏山から狙撃しているとは思うまい。生徒会長に向けたイラズラとあれば、あの色ボケ男は必死になって犯人をあぶり出す。
そこで赤頭は確実に一人になる。会長を先に向かわせて、攻撃があったほうを調査するだろう。
それが一風の作戦だった。少し手荒い気もするが、他によい作戦は思いつかない。
満場一致で決まった。
腕時計を見て、時間を確かめる岩寺。いよいよ二人がポイントに現れる。
双眼鏡を旧校舎に向けると、窓の奥に人影を見た。
「そろそろ来ますよ。ポイントまであと二十メートルです」
「オーライ、見逃すんじゃねぇぞ」
一風はボルトハンドルを引き、ふっと息を吐いた。
「五メートル、四メートル、来ます」
「来やがったな、クソったれ」
赤頭の後頭部をスコープが捉えた。
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