第2話 楽園追放

 ――ガラガラガラ

 剣先が止まり、振り上げた状態でわきの下から覗き込んだ。

 扇子でぱたぱたと仰ぎながら、部室内をまじまじと見つめる女子生徒。二の腕には生徒会の腕章が付けられていた。


「生徒会会長……」


 岩寺が呟いた。


「え、生徒会長? この学校にそんなのあったの?」


 雷伝がそう言って、一風と目を合わせる。


「あなたこの私を知らないの?」


「知っていますとも。巨乳で有名な生徒会長、男子の間では有名です」


 岩寺が眼鏡をクイっと指で上げながら言った。


「ちょっとどこ見ているのですか」


 必死に胸を隠す生徒会長。


「安心してください。僕は貧乳派なので。今見ているのは太腿です」


「それもいやですわ」


「生徒会長の顔は知りませんが、太腿だけ知っています」


 海常臨高校、生徒会会長、青橋星美。

 生徒会選挙では驚異の得票率九〇パーセントを記録した稀代のキングオブ生徒会長。その高潔な姿に憧れを抱く生徒も多く、この高校のシンボルである。成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗。なびいている黒髪はきめ細かで美しく、肌にはニキビ一つない。絵に書いたような完璧超人である。そして岩寺の言った通り巨乳だ。

 誰もが慕う生徒会長、青橋星美。そのうち校庭に銅像が建てられるとか、いやもうすでに建造されているとか。

 だがこの二人はなぜか知らなかった。


「そもそもあなたたちも私に投票したはずよ」


「投票?」


「生徒会選挙よ」


「ああ、そんなのあったな我は我が名を書いて投票したぞ」


「自分は乃木希典将軍であります」


「残りの十パーセントはあなたたちね……」


「僕はもちろん……」


「あなたは聞いていないわ」


「美少女戦士セイクリッドレインです」


「お前もかよ!!」


 生徒会長は思わず叫んでしまった。


「ま、まぁそれはいいですわ。今日私が訪れたのは他も出ない空き教室の不法占拠の件ですわ」


「不法占拠……」


「あなたたち、この教室を私物化しているでしょ。ここは学校の教室です。正当な理由なければ、使用は認められません」


「ちょ、ちょっと待つのだ。ここは我らの部室であるぞ」


「部室?」


 青橋が教室の中をもう一度の見渡してから言った。


「なんの部活か分からないですが」


「入り口には書いてあるではないか。ここは我らのセーフハウス。星間戦争に勝利するために設立された大銀河帝国の秘密結社。何を隠そう我らは彼のアニメ部である」


「秘密結社なら隠す必要があるであります」


 一風が手を挙げて言った。それに続き、顔を赤らめる岩寺。


「性感……戦争」


「はぁ? 取り敢えず何も活動していないということでよろしいですね。そもそもアニメ部って何ですか」


「アニメ部というのはみんなが集まり、そこでアニメの素晴らしさについて語り、分かち合うのだ」


「そこのあなた好きなアニメは?」


 青橋が岩寺を指さして言った。


「美少女戦士セイクリッドレイン!」


「そっちは?」


「自分はバルジ大作戦であります」


「それって映画だったような……そしてあなたは?」


「キャプテンスタルフォン~英雄の帰還編~だ!」


「本当に分かち合えてますの?」


 核心を突かれた三人は沈黙した。

 言われてみればそうだった。三人とも観ているアニメはばらばら、好きな内容もばらばら、この部室では各々が好きなことをやっていただけだった。

 頭を抱える雷伝。このままではこの唯一の天国が失われてしまう。


「我らは……そう、スタンドプレーなのだ。だから団体戦には出ないのだよ。ハッハハハ」


「アニメ部の団体戦ってなんですの」


「それは、そのあれだよ……」


 段々と追い詰められていく雷伝。冷や汗をかきつつも、何とかこの部活を守ろうとあることないことをテキトーに言った。


「そもそも部長は誰ですの?」


「それが今日たまたまいなくて……」


 必死に誤魔化す雷伝、だが青橋は呆れたような顔で言った。


「いや、あなた後ろを御覧なさい」


 すると岩寺と一風が真っすぐと伸びた指で雷伝を指していた。一点の曇りのない目でじっと見つめている。


「この裏切り者が!!」


「あなたが部長なのね。では一緒に生徒会室までついて来てもらいますわ」


「部長殿、どうかご武運を」


「いや、違うんだ」


「何が違いますのよ」


「その……」


「詳しいことは生徒会室で」


「うわぁーん、あたしを外に出さないで!!」


 泣き叫び、助けを求める雷伝。一風は敬礼をし、連行されていく姿をじっと見守っていただけだった。


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