生徒会編

第1話 アニメ部

 アニメ部の部室とは憩いの場だった。

 それは人里離れた旧校舎一階の奥にある。

 クラスの中ではいつも端っこでボッチ飯をしていた三人「雷伝」「一風」「岩寺」にとってはこの空間こそが唯一の休息の地だったのだ。

 窓の外からは運動部の声が聞こえてくる。それを何となく眺めながら思った、この部活にはきつい練習も無ければ、うるさい小言を言う顧問もいない。ただ放課後集まり、だらだらとしていることだけが主な活動内容である。なんという桃源郷か。

 だがそんな場所が突如として危機に瀕する出来事が起こった。それはあの生徒総会の一週間前である。


「岩寺、ポテチをとってくれないか」


 机に足を掛け、少年漫画を読む雷伝がそう言った。


「はい、分かりました」


「おい……岩寺何やっているんだ」


 岩寺は雷伝の下で跪きポテチを献上している。


「部長に対して最大の敬意です」


「そ、そうか。君もやっと我の凄さに気が付いたか。なんたって我は銀河一の強さを誇っており、大銀河帝国皇帝にだって認めたられた身……」


 雷伝は高笑いをしながら、自分が考えたブレブレのキャラ設定を喋り出した。

 これは今日に始まったことではない、ここぞとあらばぶっこむだ。

 残念ながら、ボッチ飯をし続けた雷伝の脳内では防衛システムが働き、自分が大銀河帝国を救った英雄だと思い込んでいる。

 これも全て、最近観始めたロボットアニメの影響であるが、まさかアニメを作った制作人もここまで影響されるとは思っていなかっただろう。ある意味本望である。

 なんとも悲しい、そして痛々しい。だが皆が一度は感染するあの病。それを高校生で発症するという大人になったからおたふく風邪にかかるくらい大変な状況である。

 この変なキャラ設定がボッチ飯をさらに加速させたことは言うまでもない。


「お言葉ですが、部長殿。岩寺殿は下からのパンツを覗いているだけですぞ」


「な、なに!」


 岩寺の顔をよく見ると、鼻の下を伸ばしていた。


「貴様! ぬけぬけと!!」


 岩寺の脳天に向かって思いっきり拳骨を食らわす。


「おのれ!」


 雷伝が追撃を加えようとすると、一風が言った。


「いやぁ部長殿。それも意味ないかと」


 殴られた岩寺は依然として鼻の下を伸ばしたままだった

 そうである。この男はドが付くほどのMなのだ。

 岩寺は眼鏡を掛け直し、スタイリッシュに言い放つ。


「もっと殴っても文句は言いません! 僕は紳士ですから、女性に手を挙げるなんてもっての他! むしろ殴られてこそ紳士なのです!!」


 部内が凍った。二人は気色の悪い持論をつらつらと語る岩寺に向かって、軽蔑した目を向けるのだった。


「うん、そっか」


 雷伝は息をするように受け流す。


「ところでポテチはどこだ?」


 岩寺が持ってきたポテチが見当たない。さっきまで目の前にあったのに、机の上から消えている。周囲を見渡すとポテチが目に入った。

 そして封は開けられ、一風がむさぼっている。


「灯! それ、あたしが買ってきたやつ!」


 雷伝はキャラを忘れて叫んだ。大銀河帝国の英雄というキャラ設定を時々忘れる。というかあまり定まっていない。


「いいえ、これは毒見であります部長殿」


「市販のものに毒なんて入っているわけないでしょ!」


「いいえ、これは部長殿の安全を考慮した結果であります」


「では僕も……」


 そう言いながら手を伸ばす。すると先ほどまでおっとりとしていた一風の懐から拳銃が飛び出した。

 常に持ち歩いている愛銃のM1911だ。それを雷伝の額に押し当てると、低い声で呟いた。


「頭ぶち抜かれたいのか小僧……あん!」


「いやいや、それあたしのポテチ……」


「部長殿、略奪者が現れました。シベリア送りでよろしいですか」


 一風が敬礼をしながら言った。


「好きにしろ……ってもうないではいか!」


 ポテチの袋を奪い取って叫ぶ雷伝。


「ああ、毒が入ってましたゲプゥ」


「貴様……この我を怒らせたなぁ」


 雷伝が立ち上がり、大股で掃除用具入れに向かった。そして中から出したのはほうきではなく、おもちゃ屋にて二千八百円で購入した光る剣だった。

 この剣は雷伝が愛刀として大切に保管していたものだった。

 それを振り上げ、一風に斬りかかる。


「そ、それは名刀、和泉守兼定!」


 振り上げられた刃先を見つめた一風がそう叫んだ。


「食らえ! 我が名刀ライトニングソードの威力を!」


「名前ダサいですね」


 もうその刃は止まらない。額に向かって振り下ろされる。


「覚悟!」


「国の為 重き努を 果し得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき」


 一風はそう言うと、目を瞑った。

 その時である。おもむろに部室の扉が開かれるのだった。


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