第2話 磨かれた原石

 西の国は、琥珀や鉱石が沢山取れる。気候の良い、開けた港があり、豊かで、暮らしやすい。沙漠で生まれた若者は、1度は西の国に住みたいと思うものだ。


リタは資格を取るために、1年ほど西の国に住んでいた。さっき西の国の情勢を聞かれて口を噤んだのは、あちらのオアシスには、リタの友人が暮らしていたからだ。枯れてしまったそのオアシスに、その友人はもう居ない。


いずれ知ることになる。手が空いた時間に西の国でも安否を確かめたが、ゆくえが分からなかった。だが、沙漠出身のものはしたたかだ。早めに西の国を見切って、異世界に逃れているだろう。


 3ヶ月ほど前、こちらにやって来ていた技工士に琥珀の加工を頼んだ。リタの18の誕生日が近かったからだ。18になれば、孤児のリタも、自分の意思さえあれば結婚できる年になる。


 1年前のこと。17になったリタは、柔らかな亜麻色の髪を結い上げて、西の国から帰ってきた。その姿に随分驚いた。


 痩せっぽっちだった体つきも、随分女性らしくなり、自分の能力を仕事に活かしても良い、という資格を手にした自信が、リタを輝かせていた。それまでリタを妹のようにしか思ってこなかったが、その時はっきりと、リタを女として意識した事をまざまざと思い出した。


 そうなると、ラキだけでなく、血気盛んな砂漠の男たちが彼女をほっとくわけが無い。あれやこれやと手を尽くして牽制してきたが、当の本人が全くそれを自覚していないため、ヤキモキする。


「なぁに?まだリタに気持ちを伝えてないの?」


 西の国へ行く前のこと。酒場でばったり会ったレーナが隣りに座った。数年前、何となくいい雰囲気になった事があるが、上手くかわされて恋人になる事はなかった。その時の話を笑い話にできるほどには、レーナは気楽に話が出来る友人のひとりである。



「まあな、あいつ、どうもまだ中身が子供だもん。驚かせてしまいそうだし」


「子供扱いしてるのはあなたでしょ?明らかにあなたのこと意識してるけど?誰が見ても分かるわよ?」


 レーナは、可笑しそうに笑った。


 数年前、その、いい雰囲気になった時のことだ。

 まだ13ほどだったリタは、夕暮れの街中で酒を飲んでたレーナとラキを、少し離れたところからじっと見ていた。レーナはそれに気がつくと、悪戯心が湧いて、運ばれてきたオレンジを一切れ、ラキの前に差し出した。ラキは驚きつつもレーナの手からそれを食べた。その時、顔を歪ませたリタは身を翻してその場から逃げ去った。


「あの時は悪いことしたなぁ」


 レーナにその話を聞いた時は、ラキは唖然とした。18の頃の話だ。その頃はもう、若気の至りで、気軽に相手をしてくれる、あちこちの女と関係していたし、特定の恋人を作るのは主義じゃなかった。レーナはここら辺で一番の高嶺の花ではあるが、落とせるのか?と、男として期待したことは否定しない。


「ほんっと性格悪い」


 俺が笑いながら言うと、紅で彩った、形のいい唇を釣り上げて笑った。


「ねえ、私の事こんなふうに言う友人、あんまりいないのよ?」


「だろうな」


「だから折り入ってお願いがあるんだけど……」


 カランとドアベルの音を立てて客が店に入ってきた。レーナは俺の方に顔を寄せた。

 密やかな頼み事を囁く。俺は、ため息をついた。


「本当に強かだな」


 ラキは笑いながら給仕から受けとったイチジクをひとつつまんで、レーナの口元に運んだ。レーナは艶やかな笑みを浮かべてそれを食べた。


 そしてはっとした。視界の端にリタがこちらを見て眉根を寄せた。俺はレーナの手前、その場から逃げ出したリタを追うことが出来なかった。


 その三日後の事だった。西の国に両親を迎えに行きたいと言い出した、オアシスの住人に、案内人として同行することに決めた。ちょうどその頃、戦争のゴタゴタをかいくぐって、技工士から、注文品の完成の連絡が届いたからだった。


戦争が始まってからは、安全性の意味で、余程の理由がない限り西の国への渡航は禁止されていたので、琥珀の受け取りを半分諦めていた所だった。


「西の国?危ないじゃない!」


 リタは部屋を尋ねてきた俺に茶を入れながら振り返った。


「うん、まあな」


 茶器を受け取って卓に置くと、書類を取り出した。


「これ、サインしてくれねえか?」


「これ、何?」


「なんかあった時、俺の身の回りの物を引き取る人間が必要なんだって」


 その言葉にリタは身を固くした。


 俺たちは孤児だ。幼い頃からここのオアシスの施設で育った。能力者だったことで恵まれていたと言ってもいいが、やはり両親が居ない事は心細いことに変わりなかった。リタが施設にやってきた時、まだ2歳だった。病で亡くした母親は娼婦だった。能力の強かったリタは、客の1人に見出されて、娼館では育たずに施設にやってきたのだ。歳が上の子が下の子を見る、その施設の決まりのおかげで、俺はリタの兄役としてずっと世話してきた。


「必ず、帰ってきて?それが条件だよ」


 リタは涙を堪えて書類にサインした。

「泣くなよ、大丈夫だって」


抱き寄せた俺の腕の中で、しがみついてきたリタに、このまま気持ちを伝えようかと考えたが、もし、何かあった時残されたリタは不幸だ。帰ってから、必ず気持ちを伝えると決めた。


「俺がいない間、夜は外を歩くな、何かあっても助けてやれないからな」


「わかってるよ、これまでもちゃんと言いつけ守ってきてるでしょ?」


 見上げてきたリタの額にキスを落とすと、驚いたリタは顔を赤くした。


 ──誰が見ても分かるわよ?──


 自惚れてもいいのだろうか?仮の兄に対しての親しさなのか、情けないことに区別がつかない。


「特に男には愛想を振りまくな、いいな?」


「もう、わかってる。いつまでも子供扱いしないで」


 口をとがらせるリタに、不安を残しつつ、翌朝、俺は西の国に旅立った。



***




「何するの!?」

豪快な破裂音がした。口元からぶどうが何処かへ飛んで行った。左頬が熱くて痛い。目の前には涙を滲ませたリタ。


やっちまった。久々に会えたことが嬉しくて調子に乗りすぎた。

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