砂漠に瞬く小さな星

伊崎 夕風

第1話 紺色の空と……

 赤い夕日が砂漠の稜線をくっきりと際立たせた。今日は風が弱いので比較的過ごしやすい日だった。井戸端でくみ上げた水をタライに移し、手を洗い口をすすぐ。


 ここ、アライグマ砂漠のど真ん中、比較的色んな施設が充実してる小さな街、オアシスR地区。

「はーい、3人ずつでグループになってください、順番にゲート潜ります。合図するまでは動かないでください」

 私、リタは、ここの異世界ゲートの送迎の資格を持っている。よって、旅行者などを向こうの世界へ送り出す担当をしている。今日もたくさんの旅行者を送り出して、ようやく仕事が終わったところだ。

「あー、しんどっ」

「今日も忙しかったもんな」

 後ろから聞こえた声に振り向くと、細身の体にベストを着て、白の簡易のターバンを頭に巻いた男がこちらを見ていた。

「……?ラキ!?帰ってたの?」

「おう、さっき着いた、半月ぶりか?」

 思わず顔がにやけそうになる。それを引きしめて、

「おかえり、どうだったの?西の国は」

「どうもこうもねえよ、荒れ具合が酷くなってる、もうあっちの方は行かない方が懸命だな、オアシスもだいぶ枯れて……」

 言いかけて口を噤んだ。

「メシ、まだだろ?一緒に食おうぜ」

「……うん!」

 5歳年上のラキは、リタの幼なじみだ。そして同じように砂漠の旅行者を世話する仕事に就いていた。この世界には二種類の人間がいて、能力保持者と、それがない人間だ。リタとラキは前者。ラキは飛行絨毯の操縦者で、遠出のサポート役として旅行者を送り迎えする役目に就いていた。

 広場の野外店舗の1卓を2人で向かい合って、琥珀色の酒を飲みつつ、甘辛く炒めた肉をピタパンで挟んだものを頬張る。

「お前は、美味そうに食うなぁ」

 笑いながらラキは私の口の端についたタレを指で拭ってくれる。

「もう、子供扱いしないでよ」

 言いながらも口元が綻んだ。

 太鼓の音がなり始め、マンダリンの軽快な演奏が始まる。

「お、レーナの登場か?」

 程よく酔ったラキはとろんとした目を広場のステージに向ける。赤いドレスを翻して出てきた、スタイル抜群の踊り子、レーナ。ラキはレーナがお気に入りだ。歳も近くて時々二人で飲んでるところを見たりもする。胸がチクッと痛む。

 その横顔をじっと見てると、その視線に気がついて、にっと笑う。面白くなくて視線を逸らすと、給仕の男が進めてきた黄緑色のブドウをひと房皿に載せてくれた。

「?ラキは貰わないの?」

 言うと、ラキは頬杖を着いて、口を開けた。

「食べさせて?」

 黒髪の前髪の隙間から、こちらを見つめる瞳が濡れて揺れている。

 この世界では、果物を相手に食べさせるのは、特別な気持ちを持っている、という意思表示だ。それをラキは私に強要している。赤くなって俯く。皿の手前に、動かすかどうかと迷ってる指が、かすかに震えてる。ラキはそんな私を見て楽しんでいる。

 すると、私の皿から自分の皿へそのひと房を取ると、一粒ちぎって口に入れ、そしてもう1粒ちぎったものを私の目の前に差し出した。

「おら、口開けろ」

 驚いた。今度は口を開けるかどうかで悩む。

「いつまでお子ちゃまなんだよ」

「……なっ」

 私が言い返そうと口を開いた所へ、ラキはぶどうを押し込んだ。そしてその指で私の唇をするりと撫でた。

「ラキ……」

「交渉成立か?」

 果実を受けたら、夜の御相手OKということになる。それが恋人同士でも、これからそうなる相手でもだ。もちろん一夜限りの、ということもある。リタは、口に含んだぶどうの味すらよく分からないほど緊張してガチガチになった。

「……っぷっ!」

 しばらくするとラキが笑いだした。

 そしてひと房をもう一度私の皿へと移す。

「ちょーだい?」

 そう言って口を開けた。右手でそれを1粒ちぎると、恐る恐るラキの口へそれを運んだ。ラキは私の指ごとパクリと銜えこんだ。

「!!!」

 声にならないほど驚いて引っ込めようとしたその手を、素早く掴んだラキはポケットから何かを取り出して握らせた。

 見ると、小さな箱が。

「開けてみ?」

 箱を開けると、琥珀色の雫の形をした、揺れるタイプの小さなピアスがでてきた。ラキは椅子をガタガタ言わせて隣へ移動してくると、私のつけていたピアスを外して、それをつけてくれた。水差しの銀器に映る私に、そのピアスはとてもよく似合ってた。

「ラキ……」

「うん、似合う」

 柔らかく笑うラキは、いつもそうだ。

 誰にでもそうやって贈り物をして、誰とでも寝る、そんな噂がある。そんなことは信じたくはないけど、ラキの部屋から朝方女が出てきたのを見かけてからは、そういうこともあるんだ、と黙認している。レーナだってそのうちの一人なのか。きっとわたしにそうするのは、妹のような女を大切に扱う事で、レーナの気を引きたいだけ。

浮かれそうになる心を牽制する。

「レーナ、結婚決まったらしいな」

「へ?」

「俺、上手くダシに使われたわ。危うく本気にするとこだったぜ」

 くくっと笑う。そして私の頬を指の背で撫でた。


 どういうつもり?


 その砂漠の空に輝く星のような瞳に問いかけるが、ラキは、笑って誤魔化すだけ。こちらはドキドキする鼓動に、息のしかたが変になるのに。


(完全に遊ばれてるな、私)



 仏頂面して俯いた時だった。


 ラキはまた1粒私の皿からぶどうを取って口にくわえ、そしてそのまま私の唇を奪った。

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