第8話
「幸君、急いで。もう日が出て来ちゃうよ」
車を停めるなり鈴香に急かされる。そのまま手を引っ張られ展望台まで駆けていく。上着を羽織っていないと少し肌寒かった。
「間に合ったね。ピッタリ、ナイスタイミングだよ!」
山脈の影から顔を出した朝日が、東雲色の空をオレンジ色の光で塗り替えていった。綺麗と言う言葉だけでは表現し尽くせないような荘厳な風景に幸は息を呑む。
「幸君、こっちこっち」
手招きしながら幸を呼ぶ鈴香に促され、傍まで歩み寄る。
「涼崎峠ってね、別名、鈴咲峠って言われてるんだよね。ほら」
展望台下の山肌に沿って無数の鈴蘭が咲き誇っていた。白く小さい壺型の花がほのかに陽の光を浴びて煌めいている。
あっという間に時間は過ぎていった。その間、二人に会話はなかった。時折、幸は鈴鹿の横顔を覗いては目を逸らし、表情を窺った。朝日に照らされた鈴香の顔は満足そうに見えた。
「綺麗だったね、幸君。どうだった?」
先に沈黙を破って言葉を発したのは鈴香だった。
「凄かったです! とても綺麗でした!」
幸は何度も頷きながら、返事をする。お世辞抜きで一生の思い出に―― 自分の中から湧いて出てきた感情とは思えなかった。
ここ一年の幸は過去について考えることがあっても、未来については全くだった。それが思い出に残るかどうかなど、どうでも良いと思っていた。
もう幸の決意はグラグラになっていた。
「そっか……それなら良かった」
鈴香はそう言い終えると、とっさに幸との距離を詰めた。
「幸君、ちょっとお姉さんが良い話、してあげる」
「い、良い話ですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます