第2話

 幸が駐車場に戻ったのは、それからすぐのことだった。

「静かで良い朝だよね。ねえ、君もそう思わない?」

 運転席側の扉を開けようとしたところで、背後から女の人に声を掛けられた。幸は「ああ」と「ええ」を足して二で割ったような曖昧な返事を返す。

 見知らぬ人だった。身長は百五十センチくらいで、髪型はショートカット、小さな麦わら帽子を被っている。年齢は幸よりもいくつか上に見えた。

「お、おはようございます。良い朝ですね」

 一呼吸空けて、今度は幸の方から挨拶をすると、向こうも「おはよう」とラフな挨拶で応じてくれた。

「それで僕に何か用ですか?」

「そうなの! よくぞ聞いてくれたね。私は三上鈴香、ええと、君は?」

「市川幸です」

「幸君ね! それで幸君に頼みがあるんだけど、実は私、いまヒッチハイクの旅をしててね――」

 数分間、テンションの上がった鈴香の話が続いた。

「つまり僕の車に乗せてってくれってことですね?」

「そう、そういうこと! 少しの間だけ、迷惑は絶対掛けないから!」

 事実、行く宛がない幸にとっては、鈴香の頼みを受けても不都合になるということはない。けれども、今日初めて会った人を車に乗せてあげる義理もなければ、義務もなかった。

 幸は「他の人に頼んで下さいよ」と言おうとして、その言葉を飲み込んだ。辺りを見渡しても、幸と鈴香以外に人は見当たらない。

「幸君、お願い! お願い!」

 鈴香に懇願され幸の心は揺れていた。五月の下旬、海に行くには少々季節外れな時期であるのに加えて、早朝ときた、むしろ人が二人もいる方が不自然なのかもしれない。ここで幸が置いて行けば、次に人が訪れるのがいつになるのか、想像もつかなかった。

「分かりましたよ……乗せますから」

 結局、幸は鈴香に根負けして承諾してしまった。付け加えるように「お金ないので下道で勘弁して下さいね」と予め断っておく。

「本当!? ありがと」

 そう言って鈴香は優しく微笑んだ。その笑顔は美しく、引き込まれるように見入ってしまっていた。

 幸は仕切り直すために大きく溜息を吐く。

「溜息吐いてると幸せ逃げちゃうよ」

「そ、そうですね。すみません。……じゃあ、行きますよ」

「出発進行!」

 二人の旅は鈴香の元気の良い掛け声で始まった。

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