人生の夜明けは鈴蘭と共に

れもん

第1話

 結局、一睡もできないうちに窓の外は明るくなっていった。カーテンの切間から漏れ入った光が部屋の中を照らす。枕元の時計は午前四時を指していた。幸は誘われるようにカーテンに手を掛け、勢い良く開ける。うっすらと白み出した空は、沈んでいた幸の気持ちを高揚させた。すぐに最低限の支度を済まし、中古で買ったボロい愛車に乗り込んだ。

 ここではないどこか別の場所へ行ってしまいたかった。

 行ける所まで行ってみたかった。

 それでいつか貯金がなくなって、その後は――

「死んでも良いかもな……」

 幸はエンジンを掛けながら、溜息と共に吐き捨てるように呟いた。もうここには戻って来ないつもりだった。

 とは言え、明確に行きたい場所もなかった。幸はこんな日はいつも海へ向かう。早朝の穏やかな海が好きだった。少し悩んだ末、例に漏れずにその選択肢を取ることにした。

 幸がアクセルを踏み込むと、エンジンは心配になるような鈍い音を上げて応えてくれた。


 出発してから三、四十分が経った頃、車内を吹き抜ける風に潮の香りが混ざっていくのが感じられた。

 幸は市営の海水浴場に入り、駐車場に車を停める。そして道中コンビニで買ったコーヒーを片手に波打ち際までゆっくりと歩いた。小波が周期的に行ったり来たりを繰り返し、潮騒を奏でいた。

 腰を下ろし、膝を抱えるような形で座り込む。しばらく何も考えずに水平線を睨むように見つめて過ごした。時間を忘れていられる感覚が心地良かった。

 カップに残った最後の一口を飲み干して、立ち上がる。来た時より少し風が弱まってきた気がした。

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