第38話 カラオケ
「おはようございます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
玄関の前に車を止めた美優紀さんに兄妹そろって挨拶をした。
車の中には既に、芹沢さん姉妹も乗っていた。
「達希君おはよ」
「鮎川先輩、おはようございます。ほら、姉さんも挨拶しなって」
「……っ達希君、お、おはよう」
まだ、朝八時を過ぎたばっかりで休日であることもあってか住宅街で家が集まっているといっても人影は見えない。
「荷物、積んでね」
美優紀さんが車を降りて、バックドアを開けた
そこには既に、キャンプで使われるものが綺麗に整頓され積まれていた。
「うわ~これ、高いやつだね」
家の倉庫から引っ張り出してあった未使用のテントの入った箱を見て、美優紀さんがそう言った。
「多分、張り切って買ったんだと思います」
家族で初めていくキャンプのために。
でも、使う機会が訪れることは今の今までなかった。
「そっかぁ、それじゃあちゃんと使ってあげないとね」
なんで未使用なのかを美優紀さんは知っている。
「その方が母も喜ぶかもですね」
ほかにも、昨夜のうちに用意しておいた着替えや飲料、食材といったものを積み込んでいく。
食材は、保冷バックに入れてあるので保管についての問題はない。
「準備万端だね。時間がかからなくて済むから助かるわ」
積み込みが終わると美優紀さんが、バックドアを閉め僕らは一番後ろのシートに座った。
「じゃ、出発するから。シートベルト閉めてね」
その声とともに車は静かに走り出した。
目的地は、ここから二時間ほど車で走ったところにあるキャンプ場だ。
「じゃ、カラオケでもしますか」
美優紀さんが、カーナビの画面を弄ってオーディオを起動させている。
「えーっとね、ひと昔前の曲から最近、CMで聞くような曲まで幅広く取り揃えてあるから、それなりに選択肢の幅はあると思うよ」
例えばね、と美優紀さんが曲を選択して再生した。
「これとか0年代の曲なんだけど」
美優紀さんのかけた曲は、あんまり知らない曲だった。
イントロが終わって歌詞が始まると、美優紀さんが歌い出す。
「ちょっとお母さん!? 恥ずかしいからやめてよ」
それを助手席にいた六花が止めようとするが、運転しながら片手で器用にそれを防いでいた。
「大丈夫、これでも地域の合唱団にいた時代もあったし歌は得意だから」
美優紀さんの言う通り、音程はしっかりしているし声は綺麗だった。
「そういうのじゃなくてぇ……」
なおも、六花は抗議の声を上げるが歌声は曲の終わりまで続いた。
歌い終わると誰ともなしに拍手をした。
「聞いてくれてありがとうねー。じゃ、次は六花ね」
「えっ私!?」
美優紀さんが画面を弄って、曲を選択した。
少し前までやっていたドラマの主題歌で、アップテンポな曲だった。
「これなら六花、得意でしょ?」
「そうだけど……」
渋る六花を
「ほら、達希君にアピールできるよ?」
「わ、ちょっ!?何言ってんの!!」
六花に、その曲を歌うということ以外の選択の余地は無さそうだった。
「ほら、イントロ終わっちゃう」
「う~……このままだと、お母さん何言うかわからないし……」
しょうがないな、と六花は歌い出した。
美優紀さん譲りなのか、歌う声は綺麗だった。
「はい、コンビニよるよ。欲しいものは、なるべくここで買っておいてね」
その歌は、唐突に終わりを迎えた。
「恥だけかいて終わった!?」
六花の不平をしり目に美優紀さんは、さっさと車を降りた。
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