第21話 兄妹の朝
七時にセットしておいた目覚まし時計がけたたましく鳴る音で目が覚めた。
洗面所に行って、口を濯いで軽く歯磨きをする。
「兄さん、朝ご飯ができましたよ」
台所から
いつもは、僕が作ってるんだけどな……。
今朝は珍しく叶夢が朝ご飯を作っていた。
「おはよう、早いね」
お盆に載せて、朝食を食卓に運んでいる。
「そりゃあ、兄さんと出かけるんですから。早く家事が終われば早く家を出られるんですよ?急がない道理がないじゃないですか」
もともと母の使っていた、叶夢にはだいぶ大きい花柄のエプロンを脱ぎながら席に着いた。
「兄さんも、早く席について下さいよ」
「ん、わかったよ」
僕が席に着くのを見計らい、叶夢はいただきますをした。
食卓に並んでいるおかずは、だし巻き卵、わかめと豆腐の味噌汁、鯵の開きだ。
だし巻き卵を口に運ぶ。
「どうです? 自信作です」
それは、噛むと甘さと出汁の味が口いっぱいに広がった。
そして、どこかで食べた覚えのある味だった。
「これは……」
その味というのは―――きっと母の味だった。
「そうです。お母さんのだし巻き卵です。偶然、料理本の中に貼ってある付箋を見つけたんですよ」
まごうことの無き母の味だった。
懐かしい味だった。
「隠し味は何だと思います?」
自分でだし巻き卵を作るときは砂糖を使っているが、これは砂糖の甘さとは少し違っていた。
「なんだろ……わかんないな……」
自分も母の味を意識して作らないではなかったが、この味にはならなかった。
叶夢は、ニコッと笑ってその正体を告げる。
「愛ですよ」
「へ?」
予想のしてない回答に間の抜けて声が思わず出てしまった。
「嘘です。蜂蜜です」
この優しい甘さの正体は蜂蜜だったのか。
「そのレシピってどの料理本にはさんであったの?」
今度からは、蜂蜜を使う母の味でだし巻き卵を作ってみたい。
「んー、教えません」
「どうして?」
「だって、私だけが兄さんに作ることができるものがあってもいいと思います」
叶夢は、そういうと恥ずかしかったのか急に食べる速度を上げ始めて口数が減った。
◆◇◆◇
「どうです? 兄さん」
玄関先でくるっと叶夢は一回転した。
ペールピンクのトップスにミルクティーベージュのミニスカートは、叶夢の持つ優しさを引き立てるような色合いで、新鮮な印象だった。
「うん、よく似合ってるよ」
そう言ってあげると、にへへーと相好を崩した。
「そう言ってもらえて何よりです」
鼻歌でも聞こえてきそうなくらい叶夢の機嫌は良く、足取りも軽い。
「で、結局どこに行くんですか?」
結局、どこに行くか決まらなかったんだよね。
「これといって決まってないんだよね。だから歩きながら考えればいいかなって」
何かを見たことがきっかけで行きたい場所が見つかるかもしれない。
「場所を決めない行き当たりばったりなのもいいですね」
家を出たのが八時半くらいだから時間は結構ある。
「あ、そういえば」
何かに気づいた、というように前を歩いていた叶夢が振り向いた。
「二週間後の今日、何があるか知ってますか?」
二週間後か……まだ五月に入ってないので妹同様、中間テストはまだ先の話だ。
二週間後……何かの日だったか……まったく見当がつかない。
「この日は、ちゃんと覚えててほしいです」
「うん、でもわからないかな。ヒントをくれない?」
昔から叶夢が僕に何かの問いかけをするときは、何かの答えを僕が言うまで答えを教えてはくれない。
「ヒントは、誕生日」
誕生日か……あぁ、そうか。
そこまで具体的に言われれば、さすがに思い立った。
「お父さんのか」
「よく、できました」
叶夢が手を僕の頭に伸ばして撫でてくる。
人通りのある所なので、ちょっと気恥ずかしく手を振り払おうと思ったけど妹の様子を見てそれはやめた。
こんなに、機嫌がいいのだからそれに水を差すような真似はしたくない。
「そこまで言われればわかるよ。家族だし」
それに、僕らのかけがえのない親だ。
母のいない僕ら兄妹に必要な、お金を一人で稼いでくれている。
「覚えてたのなら問題ないです。それでですね、今日のお出かけの行き先のひとつとして、お父さんに誕生日プレゼントを贈るというのはどうでしょう?」
行き当たりばったりのお出かけに行き先が一つ、定まった。
「それは、いいね」
でも、人に贈るものっていつも困るんだよな。
その人の欲しがっている物を探すの難しい。
「何を買えばいいのかも買う場所に行ってから考えましょう。この辺だと一番、ものがあるのは駅ビルですよね」
駅の周辺には、商業施設がそろっていてお店も多い。
選べるものの選択肢も広がってくる。
多すぎるのも難点だけど。
「そうだね。目的地は、とりあえず駅ビルにしよう」
大通りに出て駅に向かうバスに乗る。
休日の朝だ、いつもより道は混雑していなくてバスの乗客も少ない。
四月とはいえ、すでに気温は高く外を歩いて温まった僕らの体をバスのエアコンが冷やした。
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