第20話 手紙
土曜日の夜――――単身赴任している父からメッセージが届いた。
『達希、高校生活はうまくいっているか? ほんとはお前たちと一緒にいたいんだがな、仕事を辞めるわけには、いかなくてな……悪い。それはそうと、少し叶夢と遊んでやってくんないか? 理由は、優しいお前のことだ、わかるだろう?』
父は僕が中学三年になった頃、単身赴任が決定して遠くに行った。
兄妹二人だけの暮らしになれなかった僕らの面倒を見てくれたのは、近くに住む叔母だった。
父とは、たまにこうしてメッセージや通話をして家族の関係を保っている。
会えないくらいで消える関係じゃないけど。
母の死後、父方や母方の親戚から父のもとに縁談の話が何回かあった。
とりわけ、母方の親戚からは父を心配する手紙を送って来たり何度も再婚相手を探してくれていたりした。
まだ中学生だった僕、小学生だった妹に訪れた突然の母の死に申し訳なさがあったのだろう。
それは父を思ってのことだろうし、僕ら兄妹を思ってのことでもあるのだろう。
でも、父はそれをいつも申し訳なさげに断っていた。
「俺には最愛の妻がここにまだいます。だから、大丈夫です」
電話越しにそう言っていた姿は、今でも覚えている。
その背中が、ひどく辛そうだったことも。
だから僕も妹も父に再婚を頼むことも再婚の話題を出すこともしなかった。
だって、父にも僕ら兄妹にも母は、まだいるから。
『高校生活は
短く返信を送る。
妹のこと……多分、最近妹と何かするという時間が減っているからだろう。
母の死後、僕は高校受験のシーズンを迎えていてそれにかかりっきりであんまり叶夢と遊んでいなかった。
そして、最近は芹沢さんのこともあって妹には生徒会のこと、勉強のこともあって今年もどこかへ行くということはしていない。
まだ4月だ。
少しばかり遊んだって叶夢のことだ。
勉強面になんの支障もないだろう。
妹の部屋の前に行き扉をノックする。
「兄さん、何かありました?」
部屋の戸を開けて妹が顔をのぞかせた。
「叶夢、何かしたいことはないか?」
「とりあえず、座ってください」
そう言って叶夢は、ベッドに座って自分の横をポンポンと叩いた。
「父さんから聞いたんですね?」
多分、あのメッセージのことなのだろう。
「うん、さっきね」
「何だか、恥ずかしいですね」
太ももを内側に寄せてもじもじとしながらそう言った。
「包み隠さず話しすとね、父さん偶にメッセージ送ってくるじゃないですか、それで話しているときに言っちゃったんです、寂しいって」
こういう話のとき、どんな顔で聞いたらいいのかわからなくて多分僕は神妙な顔つきをして叶夢の話を聞いてるんだと思う。
「それで、そのそれとなく兄さんに伝えて欲しいって言ったんです。で、たぶん私、兄さんが最近、芹沢さんの家に行って帰りが遅くなってるでしょ?それに
最後は、少し捲し立てるように早口で話した叶夢は、顔に手を当ててそっぽを向いた。
「時間作ってあげられなくてごめんね」
素直に、妹の気持ちに応えることにした。
きっと叶夢がしたいことは、昔のように遊ぶことだ。
母が亡くなる前は、二人でどこかに遊びに行ったり母に頼まれて買い物に行ったり今よりも二人で何かをする時間は多かった。
「だから、この言い方が正しいかわからないけど……埋め合わせをするよ」
何がしたい? そう訊くと叶夢は少しニヤっと笑うと
「あーもう、兄さんは少し、しおらしくしたらその反応ですか……そんなんじゃいつか悪い女の人に騙されちゃいますよ?」
叶夢のこの反応の
これは、照れ隠しのようなもので、一種の強がりみたいなやつなのだ。
「じゃあ、話はこれで終わり。心配して損したよ」
ベッドに手をついて立ち上がるそぶりを見せる。
すると
「あっ、ちょっと待ってくださいよ、兄さん。寂しがり屋の妹を放っておくんです!?」
叶夢は、さっきの強がりはどこへやら、慌てだした。
「で、何したいの?」
「もう、意地悪しないでください」
どっちがだ……と言おうとしたけど話が進まないのでやめておいた。
「うーん、そうですね……兄さんと一緒に何かできればそれで満足なので……これといった希望はないんですよね」
少し、考えるようなそぶりを見せた後、叶夢は微笑みながらそう言った。
「じゃあ、明日、外を歩きながら考えよっか」
「はい!!」
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