第16話 スーパーにて

 「じゃ、買い出しに行ってくるよ」


 保冷機能を持った、手提げの大ぶりなバッグを持つと叶夢かなめにそう伝える。


 「あ、私も行きます」


 珍しく、叶夢も一緒に行くと主張した。

 普段は、そんなこと言わないのにな…と思いつつ待っていると、

 春めいたワンピースを纏った姿で玄関に現れた。


 「なんか、気合入ってるな……」

 「似合ってますか?」


 季節感のあるその服装は、彼女のために誂えたといっても差支えがないほど似合っていた。


 「ああ、とても」


 素直に感想を言うと、叶夢はもじもじしだした。


 「自分から求めて、なんですけど面と向かって言われると照れますね……」


 じゃぁ、なんで意見を求めたのかとは思うがそれを尋ねることが無粋なのは分かった。


 「そろそろ行こう」

 「はい」


 夕方になると総菜が値下げされるのでこの時間は主婦たちで混み合うのだ。

 総菜に用のない僕らとしては、早くお買い物を済ませて混雑を回避したいというのが本音だ。

 スーパーまでは500mもない。

 歩けばすぐなので自転車を使うまでもない。

 自転車を使ってもいいが、帰りが登り坂になってしまうため僕はいつも徒歩だ。

 自転車の籠に重い荷物を載せて坂を漕いでいくのは疲れる。


 「鍵も問題なし」


 鍵を掛けた玄関の扉の取っ手を二度ほど叶夢が引っ張って確認した。

 

 「兄さん、最近忙しそうですね」

 

 どこか弱々しさを感じさせる声音で叶夢がそう言った。


 「うん、でもそんなに疲れることでもないし大丈夫だよ」

 「智菜さんのお姉さんに会いに行ってるんですよね?」


 叶夢も僕と同じ中学校に在籍している。

 だから智菜ちゃんとも面識があるのだろう。


 「そうだね」

 

 帰宅が、遅くなる理由については大凡を伝えてある。


 「早く学校に行けるようになるといいですね」

 「そうだね」


 叶夢は、彼女なりに心配しているらしかった。









 「一応、お買い物リストに書いてあるものは全部確保しました」


 叶夢は、小さなメモ用紙と買い物かごに入れたものとを交互に見ながらそういった。


 「うん、あとは…叶夢、なんか食べたいものある?」


 しばらく考え込むようなそぶりを見せた後、


 「兄さんの手料理もいいですが…何となく、あれ食べたいです」


 そう言って叶夢が指を指した先には、お惣菜のコーナーがあった。

 

 「なら買って帰ろうか」


 叶夢は、パックを手に取ると手際よくコロッケを4つ入れて輪ゴムで蓋をした。

 このスーパーの惣菜店のカニクリームコロッケが昔からのお気に入りなのだ。

 油を使うから揚げ物は、家では偶にしか作らない。

 油が跳ねた後のコンロの掃除が大変だからだ。

 それもあって、嬉々としながら叶夢は揚げ物を爛々とした目で見ていた。

 そんな姿を見ていると後ろから


 「鮎川先輩!!」


 と聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り向くと、こっちに向かって手を振る智菜ちゃんとその横でもじもじとする璃奈さんの姿があった。


 「兄さん、どうしたんです?」


 揚げ物とのにらめっこを中断した叶夢が横にやってきて、やがて気付いた。


 「智菜さん、こんにちは。それに璃奈さん……であってますか? お初にお目にかかります。いつも達希がお世話になっています」


 いつもは、兄さんとか兄が、とか言うのになぜか叶夢は名前で達希と名前で呼んだ。

 すると璃奈さんは、なぜか困惑に満ちた表情をし、おろおろしだした。

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