第3話 妹
芹沢さんの家からの帰り、冷蔵庫の中身を考えながらスーパーに寄って家に帰った頃にはもう午後六時を過ぎていた。
家の鍵を開けて玄関で靴を脱いでいるとリビングの方から足音が聞こえた。
「兄さん、おかえり」
「ただいま、
後ろにぴったりと座った妹は中学校三年生。
今日あった芹沢さんの妹と同じ学校に行っている。
「荷物だけ置いてあって、連絡もなかったから心配したんだよ?」
妹のLINEに一言、連絡してから行くのを忘れていた。
こうしてそばにぴったりと座るときは何か話したいことがあるときの妹の癖だ。
「ごめんよ、ちょっと行かなきゃいけないところがあってさ」
「どこ行ってたの? ご飯の具材の買い出しならもっと早く終わるよねっ!?」
いつもだいたい木曜日に買い出しに行っているのだ。
「先生に書類を渡すよう頼まれて芹沢さんの家に行ってたんだ。叶夢も同じ学校だからわかるよね?」
「うん……でも書類渡すだけならもっと早く終わるんじゃないの?……もしかして…手を出したの?」
妹はちょっとニヤニヤしていた。
「初めてあった人にそんなことはしないよ」
「ふーん、そういうことにしといてあげる。たった二人の家族なんだから、もしも何かあったりしたら困るよ……?」
妹はそう言うとリビングに戻っていった。
たった二人の家族……確かにそうかもしれない。
父さんは仕事の都合で遠くに単身赴任しているから、実際たった二人の家族っていうのもあながち間違いじゃないかもしれない。
妹の交友関係について少し訊いてみたことがあったが友達は僕が思うより少ないらしい。
妹は二年前、この家から母がいなくなった時から勉強量が増えた。
母は、二年前に職場で発作を起こしてそこから早かった。
妹がいうには「この家には母はいないから私がもっとしっかりしなくちゃいけない」ということらしい。
で、友達が少ない理由はもともと口数が少ないうえに勉強量が増えたことでテストの点数や成績も学年トップをキープするほどで多分、近寄りがたい存在になってしまっているからなのだと思う。
交友関係がうまくいってないからか拠り所を求めるように妹は僕との距離が以前より近くなったかもしれない。
「交友関係を広げてやれたらな……」
もう少し妹には、笑顔でいて欲しい、その笑顔を家族の前だけじゃなくてもっといろんなところで見せて欲しい。
妹のことを考えるとそう思わずにはいられない。
◆◇◆◇
―――――夕食を手短に作り八時を回ったので僕も勉強することにした。
机に向かっている妹の向かいに座る。
誰かが、一生懸命に勉強しているそばにいると自分もやらなくては、と思うからだ。
「ねぇ…兄さん……」
妹が少し思いつめたような顔で話しかけてくる。
「どうした?」
立ち上がって妹の横に座る。
「私……新しいクラスでも友達って言える人、あんまりできなかった……」
新しいクラスになったばかりとは言え、このタイミングで築けた交友関係が後々、学校生活を送る中でかなり大事になってくる。
「……まだ、始まったばっかりだよ?」
何と声をかけたらいいのかが分からずそんな無責任なことしか言えない。
横から、妹がこちらに体重を預けてきた。
「兄さん……私、どうしたらいいんだろ……」
ごめん、どうしてやることもできない……。
ただ、重い空気がリビングに漂う。
「変わってあげれたらなって思う……でも僕はもう同じ学校に行ってやれない」
妹の長い黒髪をただ手で梳く。
「でも、いつか叶夢の人柄がクラスの人たちに受け入れられる日も来ると思う……叶夢、その名前の意味は知ってるだろう?」
かなめって名前には母からの強いメッセージが込められている。
本当に望む、夢が叶いますようにという、ピアニストになることを目指して挫折した母の願いが込められた名前。
「それを忘れなければきっとその一生懸命な姿勢をみんなもわかってくれると思う……だから……」
しばらくの沈黙の後、
「私も、兄さんに相談したってどうにかなることだって楽観的に考えてない……でも、兄さんは私の数少ない心の拠り所だから……いつも親身になって話を聞いてくれるし……だから、少しは私を甘やかして……」
もう、まだ始まったばっかりだからっていう無責任なことは言う気にはなれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます