第2話 芹沢姉妹

 「……知ってます…」


 僕が名乗ると芹沢さんはそう言った。

 彼女は僕のことを知っているということは、きっと同じ中学校だったんだな。


 「高校でもよろしくお願いしますね」


 覚えてはいないが、話を合わせておく。


 「……はい」


 少し話してみて芹沢さんが何で学校に来ないのかが分かった気がした。

 彼女は、おそらく人とコミュニケーションをとるのが苦手なのだ。


 「今日、お邪魔させてもらっている理由なんだけど担任の先生から書類を手渡すように頼まれててね、いくつか説明しなければならないものもあるんだ」

 「……ありがとう」


 それは消え入りそうなほどか細い声だったけれど本当に感謝しているという気持ちの伝わるものだった。

 ――――あらかた、説明が終わったところでタイミングを見計らってか案内してくれた少女がお茶を持って入ってきた。


 「すみません、紅茶のティーバッグをきらしていたみたいで……私の入れたお茶でよければどうぞ」


 目の前に置かれた湯飲みを手に取ってみると少し熱かった。

 お湯から沸かして淹れてくれたのだろう。


 「ありがとう」

 「そういえば……私の自己紹介はまだでしたね。私は璃奈の妹の智奈って言います。今日はわざわざ、ありがとうございました」


 そう言うと、ちょこんとお辞儀をした。


 「鮎川さんとは同じ中学校ですね。先輩ってお呼びしたほうがいいのかな…」


 中学時代も交友関係が広くなかった僕はこんな後輩がいたことは無論知らない。

 知っているのは自分と同じ部活だった人とクラスメートと生徒会の人くらいだ。


 「そんなに、堅苦しくしなくていいよ」

 「いえ、目上の人を敬うのは礼儀です」


 目上って何のことだろう…。


 「私、先輩方が生徒会から去ったあとに生徒会に入ったんです」


 それじゃあ、わかるはずもない。

 後期メンバー発表みたいなのを生徒総会とかでやってたかもしれないけれど自分のことに関係のないことは、あまり記憶に残らないから、忘れてしまっていたと言ったほうが正しいのかもしれない。


 「生徒会の任期は残り半年だね、頑張って」

 「はいっ。私が生徒会に入って先輩の職を引き継いだのは知っていますか? 先輩が仕事の内容を分かりやすくまとめたノート、今でも使ってるんですよ」


 まだあったんだ……。

 それは、当時の僕が割と煩雑だった業務をわかりやすくまとめたものだった。


 「恥ずかしいな……」

 「そんなことはないですよ? あれとっても便利なんです」

 「そういってもらえると嬉しいよ」


 そのとき、部屋にあった時計が目に入った。

 そろそろ、帰った方がいいかもしれない……寄らなきゃいけないところもあるし……。


 「あんまり長居するのもよくないから、そろそろ帰るよ」

 「気にしなくてもいいですよ?」


 智奈は話足りないといった感じではあったがコミュニケーションが苦手な芹沢さんのことを考えれば早く帰った方がいいと思う。


 「寄らなきゃいけないとこもあるんだ……」

 「そうですか……今日はわざわざありがとうございました」


 芹沢さん……いや、璃奈さんは何も言わずにただ黙って僕らの会話を聞いていた。

 

 「璃奈さん、今日はお邪魔しました」


 僕がそういうと璃奈さんはペコリと頭を下げた。

 退室しようとして扉を開けたとき一つ言うべきか言うまいか悩むことが頭の中に浮かぶ。

 璃奈さんのためを思うなら言うべきか……。


 「それと……璃奈さん」


 下げた頭を彼女は上げる。


 「学級委員長としてではなく僕個人として言わせてください…無理にとは言いません……でも、なるべく早く学校に来てください。待っています」


 学級委員長として言うと、そう言うのがセオリーみたいなふうに思われてしまうかもしれない。

 あんまり、人のことに深く首を突っ込むわけにはいかないけれど、こう言うのが正しいのだと思う。


 

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