第12話 入れ替わりは無理だというのに
ボブが急いで家に戻ると、家の前に家族が立っていた。
よく見るとその前に正座させられている男がいる。
なんとなく予想がついたがそれはジョンだった。父は剣呑な様子で包丁まで手にしていた。
よく見れば少し離れた場所にジョンの護衛と思われる兵士がいるが、その様子を特に静止したり、ジョンを助け出したりする様子もなく見守っている。どちらかといえば呆れた表情だ。
ボブの姿を見ると弟が最初に駆け寄ってきた。「兄さん!」
「ただいま。心配かけたね」
「本当だよ!」
続いて姉も近づいてくる。「お帰りなさい」
「なんとなく予想はついてしまったけれど、何があった?」
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「ただいま帰った」
ボブに完璧に入れ替わったつもりのジョンがパン屋に入ってきた。
「少し遅くなってしまったかな?」
店を掃除していたボブの姉と弟はぽかんとした様子でジョンを見た。
確かにボブが着ていたのとそっくりな服を着ている。だが類似点はそれぐらいしかない。体型は著しく異なるし、顔つきや目つきも全然違っている。
それなのにジョンはどうだといわんばかりに襟をつかんで、自分を見せるようにしている。
「ボブが帰っていた……」
父親が厨房から出てきて、ジョンを見てやはりぽかんとする。
「……。何をしているんですか、公爵のご子息様」名前を呼ぶのも嫌という様子だ。
「何を言っている? 私はボブだよ。少し遅くなったがただいま帰った」
父親は手で顔を覆った。「どういうつもりですかね? それにボブはどこに」
「わからないな。私がボブだと言っているのに」
「まだボブが帰らないの?」母親も店の奥から出てきた。「これはどういうこと?」
「兄さんをどうした!」弟がジョンにつっかかった。「こんなに兄さんが遅くなるはずがないんだ。お前が何かしたんだろう!」
弟の剣幕にジョンを思わずうなずいてしまった。
「それはどういうことですか」
父親が迫る。
「ボブに何をしたんです?」
家族のためにここまで真剣になるというのはジョンには理解できないことだった。
転生後はそもそも3年間も隔離された。その後も公爵とはあった回数を数えられるほどで、もちろん何かしらの愛情を感じたことはない。
転生前のことは徐々に記憶も薄れつつあるが、あまり愛情に恵まれた家庭ではなかった。
だからボブのためにこんな風に家族が怒るというのはまったく感覚的に理解できないのだ。仮にばれたとしても(まだばれたとは信じていないが)悪戯程度で済むと思っているのだ。
それに護衛の兵士もいる。危険が迫れば助けてもらえる(と思っている)。
ジョンが答えないでいると、父親はジョンの襟首をつかんで店の外へ連れ出した。そこで無理矢理地面に正座させる。
「動くな」包丁を持ちだして突きつける。「ボブが無事に帰ってこなかったらどうなるかわからんぞ」
「馬鹿なことを」
ジョンはすぐに護衛が助けに入ると思っていたがまったく来ない。
チラリと見ると兵士は確かに見えるところにいるが、この様子を見ても動かない。
「ど、どういうことだ!?」
ジョンが悲鳴を上げても兵士は肩をすくめるだけだ。
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姉の説明を聞いてボブは溜息をついた。
「何を考えているんだ……」
ボブはジョンの前に立った。
「この前も言いましたが入れ替わるなんて無理だし認められません。もう諦めてください」
ジョンは理解できないという表情だった。
「もっとよい暮らしができるのだぞ?」
「あなたが逃げ出すような、ね」
ボブは現実を突きつけるように言った。
「いいかげんにしてください。あなたと私は並行世界の同一人物かも知れませんが、兄弟ですらないし、ただの他人なんです。お互いに干渉するのは不幸でしかないですし、少なくともこちらは迷惑です。
「今回のことは裁判所に申し立てます。接近すること自体を禁じてもらうことになるでしょうね」
ボブは兵士たちの方を見た。
「連れて行ってください。可能ならば公爵に今日あったことを報告してください」
兵士たちはやれやれという様子で近づいてきた。
片方がやや強引にジョンを引き起こす。
もう一人が言った。「常に、特に外出時には必ず報告書を上げています。それを閣下がどこまで読まれているかは下っ端の我々にはわからないところです。閣下はご子息に関心がない、というのが屋敷での通説ですけれどもね」
「わかりました。よろしくお願いします」
「おい! お前たちの主はこちらだぞ!」ジョンが抗議するが、兵士は聞く耳を持たない。そのまま馬車に押し込めるようにして去って行った。
遠ざかる馬車を見送りながらボブは思った。
自分は家族に恵まれて良かった。
転生するなんて信じられない体験だけれども、ここで幸せに過ごせている。
そこでふと思い出した。
そういえば小さいころに何度もビデオ会議で訪問してきたセラピストの女性がいたな……。
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