第11話 入れ替わりは無理……

 パン屋からの帰りの馬車の中でジョンは一人つぶやいていた。

「幸せそうに生きていやがって。俺だって恵まれているんだ」

「何で奴だけ」

「俺にこそ幸せになる権利があるんじゃないか」

「あんな貧しい家で幸せなわけがない」

「奴は双子の弟のようなものじゃないか」

「仕方がないから裕福な暮らしをさせてやらんでもない」

 傍から聞いていればまったく論理に整合性の欠片もないが、それを聞いて指摘するような同乗者はいなかったし、仮に一緒に乗っていても誰もジョンに諫言してくれるような人はいないのだった。


 ある日。ボブが通りを歩いていると目の前に誰かが現れた。

 顔を上げると、ボブが着ているとのそっくりな服を着たジョンが立っていた。

 どうやって用意したのか。そのそっくりは服はきちんとジョンの体型に合わせられていた。

 ジョンの命令で部下がボブの普段着をずっと監視していて、一通りの服をすべてコピーしていたのだ。公爵家御用達の高級服飾店が無理な依頼を膨大な金額で引き受けていた。この服一着でボブの1年間の生活費に匹敵するほどだった。

「ほら。お前はそれに着替えていけ」

 ジョンは控えていた部下が捧げ持っている、豪華な衣装を指していった。

「この者についていけば公爵家の贅沢な暮らしが堪能できるぞ」

「何を言っているかわからないよ。むちゃくちゃだな」ボブは一歩後ずさった。

「俺がお前の代わりにパン屋になる。お前が屋敷へ行け。お前に贅沢な暮らしをさせてやるといっているのだ」

 ボブは首を振った。「馬鹿か? 万が一に仮に入れ替わるとしてばれないわけがないじゃないか」

「何を言っている」ジョンはいった。「お前はパラレル地球の俺。そっくりなはずだ」

「それは……」ボブはあまりにことに言葉を失った。

「あれか。公爵家の生まれ出ないお前には立ち居振る舞いが足らないと言うことか」

「そうじゃなくて!」

 ボブは声を荒らげた。

「体型が全然違うだろ!」

「大した違いじゃない。テーラーでもちょっとした差だと言われているんだぞ」

 ボブは頭を抱えた。「それはお世辞とか言うのだろう。真に受けるなんてどうかしてる。なんにしろ入れ替わるつもりもない!」


 何を考えているんだ。

 ボブは歩きながら考えた。

 あんなに体型が違っていてわからないはずがないだろう。

 自分の嫌なところから目をそらすタイプなのか。

 この洞察は、実はたいへん重要な点をついていた。


 それから2週間後の夕方。

 帰路を急いでいたボブは近道になる、人通りの少ない裏道を早歩きで進んでいた。

 すると突然、前後に風体の悪い連中に挟まれた。

「ボブさんですな。悪いけれどもこちらへ来ていただく」

 前に立つ、中でも体格のよい男が言った。

「怪我をさせるつもりはありませんがね。怪我をさせちゃいかんというのでもないんですよ。どうか諦めてくださいよ」

「なんだっていうんだ。俺はただのパン屋の倅だぞ」

「しりませんな。あんたの正体は知らないし、知りたくもない。余計なことを知るのは命に関わることもあるんでね」

 ボブは後ろも確認するが、前も後ろも3名ずついる。とても抜けられそうな隙間はない。

「俺をどこへ連れて行くつもりだ」

「どこでも」男は肩をすくめた。「それは問題じゃないんですよ。さ、来てもらいましょう」

 ボブは町外れの倉庫街へ連れて行かれた。人目につきにくい路地を選んでいて、相手がプロであることがわかる。

 倉庫の一つの中へ入ると、地下室に閉じ込められた。

「明日か明後日には迎えに来ますんでね。そこから旅行していただきますよ」

「どこへだ?」

「どこでも構わないでしょうよ」

 扉の外に見張りを立てて男は立ち去った。


 ボブは夜中に目を開けた。

 扉越しに様子を伺うと見張りはまだいるがうたた寝しているようだ。

「地下室じゃ天井しかないな」

 ボブは天井を見据えると、手をかざして呟いた。

「ノームよ、地上へと続くトンネルを我が目の前に」


 本作11話目にしてやっと魔法が出てきました。これが最後でないとよいのですが。


 ボブの呼びかけに目に見えない何かが答えるようにゆらめき、突如天井に穴があいた。

 ボブはゆっくりと静かにその穴を辿って地上へ出た。

「ふぅ」

 ボブは人目のつかない場所まで急いで移動した。

「魔法を使えるとは欠片も思わなかったんだな」

 それは不思議なことだった。

 この世界は剣と魔法のファンタジー世界だ。魔法を使える可能性は常に考えるところである。もちろん魔法が使えるかどうかの個人差は大きいが、それを特定するだけの関係がないと知りようがない。

 ボブが魔法使いではないと断じる相手というのは思いつかなかった。

 実際、ボブは精霊魔法を早期に身につけていて、一時期両親は神童じゃないか、と期待したほどだったのだ。実際には早いだけで、それほどの使い手になれたわけではなかったが。


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