第10話 15年後……
メアリーの死亡と<RW>以外への転生により<ジョン殺人事件>は実質的にその捜査を終了した。マスコミで取り上げられることもなくなり、二人のジョン以外にはほとんどその影響はなくなっていった。
ジョンは公爵家に<戻った>。だが公爵はとっくに見切りをつけていて、単に養育されるだけの存在として扱われた。そもそも両親と会ったことも数えるほどしかない。家族と過ごすなどという経験は一度もなかった。
なによりもジョンの打撃となったのは何も期待されていないことだった。
公爵はある意味で完璧な貴族だったのだ。
瑕疵のある息子には貴族社会での価値はなかった。また公爵の力をもってすればたいがいのことは隠蔽できる。仮にジョンが大それた事件でも起こしたところで隠蔽すれば済む。だから本当にまったく関心をもっていないのだ。
最初の3年間でずいぶんとひねくれて育ったこともあり、公爵の屋敷の使用人も誰一人ジョンのことを好むものはいなかった。
ジョンは求めるだけ与えられる食事をとり、ずいぶんな肥満体型になっていた。目つきも悪く、ますます誰も近寄らなくなっていた。
ジョン’もパン屋の家に<戻った>。両親は3年間のギャップをゆっくりとだが確実に埋めてくれた。ジョン’には姉と弟がいたが、二人もジョン’との距離をとらないようにしてくれた。ジョン’はボブという新しい名前をもらった。
ボブ=ジョン’はパン屋の仕事を手伝いながらこの世界での生活に馴染んでいった。
ある日。そのパン屋に相応しくない豪勢な身なりの太った男性が現れた。外には馬車と護衛らしい兵士が2名みえる。このエリアに馬車で店に乗り付けたり、護衛を引き連れてくるような上流層の人間は来ない。
その男性は店内のパンとつまらなそうに見て回った。
「あまり美味しそうでもないな」
「ちょと!」ボブの姉が声を上げかけたが、ボブが静止した。
姉を店の奥へ下がらせ、ボブが前に出る。
「お客様。パンがお入り用ですか?」
その男性はボブをまじまじとみた。「お前が<ジョン>か」
ボブは真正面から男性を見て、ずいぶんと丸くなっているが見慣れた自分の顔によく似た相手であることを知った。
「あなたがジョンか」ボブは呟くように言った。
「一度は会ってみようかと思ってな」
ジョンは店内を見回すようにしていった。
「我々の人生にはいろいろなことが共通であったわけだが、ずいぶんと境遇は差があるようだな」
「どういった意味で言っているのかわかりませんが、私はここで幸せにやっています。あなたもそうだと言いたいのですか? そんなことを言って何の意味が……」
ボブの言葉の途中からジョンが顔を真っ赤にして怒っていた。
「俺が不幸だって言うのか!」
「何を言っているんだかわからないですよ」ボブはジョンの激高ぶりに驚いた。
「俺はな、この国でも有数の公爵家の人間なんだぞ。こんな小さなパン屋の倅じゃないんだ。パンと言えばもっと白い、地球で食べられるようなものよりも高級なものだ。そもそもパンなんぞ食事とはいえんがね!」
ボブはジョンが満たされないないのだろうと推測できた。まぁ、この様子では誰でもわかることかも知れないが。
「パンがご入り用でなければご退店ください」
ボブは出口を指していった。
「我々は兄弟とか言うのじゃない。お互いに失礼が許される関係じゃないでしょう」
「はっ。こんな店に長居などしないよ! お前のせいで俺の人生はさんざんだ」
ジョンが店を出ると、それまでつまらなそうにあくびまでしていた兵士たちはさして慌てる風でもなく馬車の扉を開けてジョンが乗ると馬車を出した。
「なんなのよ、あれは!」姉が怒りが収まらない様子で言った。
ボブは肩をすくめた。「あれがジョンだそうですよ」
「あれが?」姉はボブをまじまじと見た。「全然似てないじゃない」
「あんなに太ってはね。貴族はよいものを食べているんでしょう」
姉は首を振った。「まるまると太った高位の貴族なんて見たことないわよ。彼らは贅沢にお抱えの料理専属の魔法使いを抱えていて、魔法でカロリーを減らした料理を食べてるんだから。暴飲暴食したって平気なのよ」
「そんな技が」ボブはくらくらしてきた。「まさに贅沢」
「だからあんな風になるのはそこまで贅沢できない下級の貴族か商人ぐらいね。本当に公爵家の息子なの?」
「そのはずですよ。ま、関心もありませんよ。塩でもまきましょうか」
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