第9話 メアリーとジョン’(2)

「私はセラピストのアンナと申します。あぁ、お返事は無理なことは承知していますので無理をしないで」

 最初の対面時。

 メアリーはアンナという偽名で名乗った。

 TV会議方式での対話といってもジョン’は転生者といえまだ乳幼児。

 会話ができるわけではなく、声色や態度で簡単な意思表示ができるだけだ。

 ジョン’は楽しそうな雰囲気を出した。

 実際、ジョン’にとっては普段会えない人と対話できることは貴重な機会だった。それがTV会議形式だとしても、気が紛れる。大歓迎だ。

「セラピストといっても大したことをするわけではないんです。ただお話をしてあなたの様子を伺わせてください」

 ジョン’はうなずいた。いや、それも難しいのでうなずこうとした、ぐらいだろう。


 アンナ=メアリーとジョン’の対話は常に短時間だった。

 だが回数はそれなりに認められていた。

 ジョン’から発することのできる情報量はとても少ないので、アンナ=メアリーが一方的に話しかけることが多かった。

 話の話題は様々だった。

 あるときの話題は食事だった。

「そちらの世界にはドラゴンステーキがあるんですよね」

『ドラゴンまでいるのか……。この世界で本当に生きていけるのかな』

 ジョン’は最初にこの世界の危険性に思いをはせた。だが言葉を発するのはまだ無理なので、肩をすくめる、ような動きをして見せた。

「地球のどんなお肉よりも美味しいそうですよ。焼いて、肉汁を使って作るソースと合わせると絶品だとか。それだけはうらやましいな」

『それだけは? <RW>には来たくないってことかな』

 ジョン’は漫然とそう思った。

 地球(ジョンとメアリーのいるほう。ジョン’の生きてきた地球はパラレル地球と呼ぶことにする)ではメアリーのように考える人はほとんどいなかった。大多数は死んでも<RW>に転生して地球とのコンタクトを保ちたいと考えていた。

 だがジョン’はそんな事情を知らないので、怖いのだろうな、ぐらいに感じていた。

 なので、うなずくような仕草をして見せた。


 あるときの話題は気候についてだった。

 <RW>の地球は地球と地形はそっくりになっている。もちろん同一なのはそれだけで植生も動物もまったく異なっている。天候も砂漠や雪山といった局地を除けば四季のある地域がほとんど。つまり夏は暑いし冬は寒い。

「私は日本、東北の冬が好きなんです。それで日本に移住したぐらいに」

『雪も降るし寒すぎるのでは?』

 ジョン’は関西地方に住んでいたので、雪はほとんど降らない地域に住んでいた。それだけに雪が降る東北の冬が好きという感覚はなかなか理解できなかった。首を振るような仕草をして見せた。

「おかしいですよね?」

 アンナ=メアリーは自嘲気味に言った。

「雪の降った後の独特のぴんと張り詰めたような、緊張感のある静けさが好きなんです。」

『それなら少しだけわかるかも』

 ジョン’は小さくうなずいて見せた。

「寒いのは苦手なんですけどね。雪かきが得意だと言えるほど体力があるわけでもありませんし」

『そこは厚手のコートと除雪機を買えばなんとでも』

 ジョン’は肩をすくめて見せた。


 あるとき、アンナ=メアリーはゲームについての話をした。

「<RW>、私は少しだけしか遊んだことがありません。あまり好きになれなかったの。あ、ごめんなさい。あなたがいる世界なのに」

『気にすることではないですよ』

 ジョン’は気にするな、というように手足を動かして見せた。

「なぜかって言うのはあまりうまく表現できないけれど。あえていえば、そう、リアルすぎるからかな。あなたが生きているぐらいですもの。とてもリアル」

『この世界へ転生して生きていますからね。リアルそのものですね』

 ジョン’は同感というように身振りをした。

「ゲームなら、私はもっとなんていうか、ファンタジーというか、ふわっとした世界でのんびりとしたい。そう思うわ」

『遊びなら剣と魔法の世界は楽しいけど、命のかかる実在となるとね。正直なところ、この世界でちゃんと生きられるのか心配ですよ』

 ジョン’は首をかしげるような仕草をして見せた。


 そしてある日。アンナ=メアリーは突然、訪問しなくなった。

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