第6話 二人の1年間
ジョンもジョン’も転生者である。体は乳幼児でも頭脳は大人である。
話すことはできないが、その肉体が許す集中力の範囲で説明を理解することは可能だった。
産まれてすぐはともかく数日経過しても両親と会えないことは明らかに異常だった。
心身は一体で幾ら異世界転生してきたといっても体に心も引きずられる。どんどんとジョンは疑い深くなった。ジョン’はあるがままのこの世界を理解しようとおおらかな気持ちになっていた。
ジョンの父親による資金提供により2人の隔離は金銭面ではとても恵まれることになった。地球でいえば中世+魔法によるαという世界観ではあるが、専属のスタッフがそれぞれ別々に用意された。乳母、執事、メイドなどだ。ただしいずれも転生者ではなく<RW>で生まれ育った人間が選ばれた。
食事や衣料品、その他は貴族の子息として恥ずかしくない程度=一般平民からすれば相当な贅沢が揃えられた。
その一方で魔法と<RW>システムによって実現されていた現世との連絡はもちろん、<RW>内との接触もすべて断たれていた。魔法に関する知識も遮断された。スタッフも原則一緒に隔離されているほどの徹底ぶりだ。
隔離施設そのものは強固な魔法によって防護された。とある地方都市から少し離れた敷地に2つの建物が用意され、それぞれに加えて敷地全体と二重に魔法による防壁が張り巡らされた。更に常時、魔術師や兵士が常駐していた。
それらを政府が実現しようとすれば不可能ではないものの批判を集めただろうが、ジョンの父親である公爵の個人資産が提供されたのでどこからも苦情を申し立てようがなかった。
ジョンは<RW>を熟知しており、そんな仕組みではないことを承知していただけにすぐに何かがおかしいことに気づいた。
「今日もご機嫌が優れないのですね」
ジョンの乳母は部屋に入ってくるとジョンがベビーベッドの中で暴れているのを見ていった。
「転生された方は誰も最初はたいへん不満をお抱えになります。特にあなたは不遇の身。仕方がないことでしょう」
乳母は丁寧に対応してくれるがジョンは不愉快なだけだった。
少しずつカードでも使って対話してくれれば正体を明らかにできるはずだ、とジョンは考えていた。それをしないのは政府側の手抜きであると考えていた。乳母もその政府が派遣しているので、わざとジョンの意見を聞かないのだと理解していた。
だが実際には転生直後の乳幼児が無理にコミュニケーションをとろうとすると発育に支障が出ることが最近の研究でわかっていること。更にはジョンの場合には殺人被害者が2名いるという非常に扱いの難しい状況にあることから、完全な隔離が求められていたのだ。
「もう少し大きくなるまでは我慢してくださいな」
乳母はおむつを替えた。
それもジョンには屈辱的なことだった。トイレに連れて行ってくれれば大丈夫だと考えているのだ。もちろんまだ首も据わっていない乳幼児では幾ら転生者でもトイレは無理なのだが。
一事が万事この調子でジョンは不満を募らせる一方だった。
ジョン’はそもそも異世界転生自体が不意でアクシデントであり、もしかしたらこの世界ではそういう風習なのかも知れないと思っていた。
「今日もご機嫌ですね」
ジョン’の部屋に入ってきた乳母はジョン’の鼻歌(のつもりのもの)を聴いて微笑んだ。
「その曲は昨年流行ったPQRの<太陽の微笑み>ですよね? 私、PQRのファンクラブに入っているんですよ。知ってました? 実は半年後にすぐ近くの講堂でコンサートがあるんです。とても楽しみで」
乳母も嬉しそうに話しかける。
ジョン’はたまたまCMソングで耳に残っていただけだったけれど、嬉しそうな乳母を見てジョン’も楽しくなった。それならと同じ歌手の別の歌も試してみる。
「あ、それは……」
乳母は更に嬉しそうにした。
1年後……ではなく3年後。やっとジョンとジョン’は識別試験を受けた。
政治的な問題となってしまい、先送りに先送りが重なったのだ。
結果はあっさりしたものだった。
ジョン’にはジョンだと偽る必然性がない。そもそも生前の記憶にある世界がまったく違う=<RW>もないし転生するという知識すらなかったのだ。
ジョンはすぐに自分がメアリーによって殺害されたと申し立てるため、地球裁判所へ赴いた。もちろん一人でそこまで行動できないが、父親によって差配された執事に連れてきてもらった。
地球裁判所は<RW>の中では一種の治外法権的な場所になっている。<RW>における地球は剣と魔法のファンタジー世界だが、地球裁判所は現世との連絡をとり、法的な措置を行うための組織だった。
転生者が生前の事件や財産について申し立てる方法はこの時代には確立されていた。
「申し立ての内容をお知らせください」
受付で担当者が執事に尋ねた。
ジョンは乱暴に遮った。「申立人はぼくだ」
「これは失礼しました。申し立ての内容はどのようなものになりますか?」
「殺人事件だ。僕は殺されたんだ」
担当者はうなずいた。少ないが決して想定されない内容でもないのだ。この地球裁判所では。
「わかりました。それでは3階にある事件窓口へどうぞ。そちらで供述書を作成していただくことになると思います』
ジョンは答えなかったので、執事が代わりに答えた。「ありがとうございます」
3階へと移動しながらジョンはブツブツと不平を言っていた。「僕が申立人だというぐらいわかりそうなものだがね」
「担当者が大人の方へ話しかけるのはおかしなことでもないのではありませんか」執事が窘めるように言う。
「それは現世ならばな!」ジョンは声を荒らげた。「ここは<RW>だ。転生者がいるのは当然の事実じゃないか」
「転生者が申し立てをするなら通常は1歳ぐらいです。3歳にまでなったのは非常に特殊な例ですから」
執事の論理的な説明にジョンは顔をしかめた。「それは僕のせいじゃない」
「もちろんでございます。ですが担当者には名乗っておりませんので」
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