第2話
次に会ったのはあの後すぐの1週間後くらいだった。
オタクののんは服がダサかったので、一緒に服を選んであげることになった。その代わりに、私は寮に移るための準備を手伝ってもらうことにした。
私は事前に近所のショッピングモールで、高すぎないメンズの服を物色していた。しばらくしてのんが着いて、H&Mで一緒に選んだニットを二着買った。意外にもピンクが好きらしく、ピンクのニットを買っていたのを覚えている。
私は100円ショップやニトリで日用品を大量に購入した。のんに持たせて歩くのはかわいそうだったのでタクシーに乗った。
方向音痴の私は曲がる道の指示を間違え、大幅に遠回りしてからやっと寮に着いた。
前日に受け取ったベッドとマットレスを開封した。のんに頼んだのは、このベッドの組み立てだった。
説明書には2人で1時間ほどで完成すると書いてあったけど、どうやら二人とも工作は苦手なようだった。
5時間ほどかけてやっとのことで完成したベッドは、のんに任せたヘッドボードの天板部分が1センチズレてはみ出した状態だった。直そうとしたけど、そこを基盤に他をくっつけてしまったが為にまた1からやり直しになるらしく、諦めた。
マットレスを載せて寝心地を確かめていると、のんが隣に乗ってきた。
そのまま私のGパンとショーツを中途半端に脱がせて指で愛撫された。やっぱりびっくりするほど上手だった。私が今までにした男や女の中で一番上手だと思った。童貞なのに。
セックスには経験や努力ではどうにもできない、才能みたいなものがあるんだと知った。
その後、これまたすぐに組み立て終わると思っていたランドリーラックをのんに組み立ててもらっていたら、手こずっている間にあっという間に終電の時間になっていた。
ベッドも完成したし、今日は泊まろうかなと言われていたのに、この時間になって、やっぱり明日の授業遅刻するわけにいかないし、今日は途中の駅からタクシーになっちゃうかもしれないけど帰る、とのんが言い出した。
私はこのまま手伝うだけ手伝わせて帰らせるのは申し訳なさすぎたのと、いきなり帰られることがさみしすぎたので、急遽組み立て途中のランドリーラックもほっぽりだして、大急ぎで準備して、一緒にのんの家に行くことにした。
私たちは立川駅まで電車に乗って、立川駅の深夜のガストで夕飯を食べた。
どうせここも俺のおごりなんでしょ、と諦めたようにのんに言われたけど、今日はたくさん手伝ってもらったしおごるつもりだったから、といってお金を出した。
そこからのんの家まではタクシーの深夜料金で2000円ほどで、割り勘をした。
想像よりずっと田舎で、川も畑もあって、とても静かで、街灯も少なく、空気がきれいで星が見えた。空気がきれいな土地の特有の、シンとした寒さがあった。
少しだけ歩くと家に着いた。外観からしてとんでもなくオンボロのアパートだった。寮や秋葉原の事務所がマシに見えた。洗濯機も玄関の外にあった。
彼の散らかってジメジメした暗くて古い六畳の部屋に入った瞬間、泣きそうになったのを覚えている。
こんなボロボロの静かでジメジメした暗い家で、独りで暮らしているだなんて、と思ったら彼の悲しみや孤独が胸に直接流れ込んでくるようだった。あんな感覚になったのは生まれて初めてだった。
学習机の上には物が散乱していて、本棚にはよく分からないゴリゴリの萌系の漫画やフィギュアがあった。
テーブルの上にはパソコン、その奥にはチャットした時にのんの背景に写っていた青いカーテンがあった。窓より丈が長くて、床に引きずっていた。
こんな部屋で、独りで暮らして、女性に相手をしてもらえることもなく、友達もいなくて・・・と思ったら、いつもいつも相手しているチャットの客達もみんなこんな感じなのかと思ったら、チャットの中のバーチャルの虚像に優しくしてもらうことにしか救いがないのかと思ったら、のんを含め、全ての孤独な客達のことを、本当の意味で憐れんだ。
のんや客達があの、チャットの私のかわいそうな人妻の設定を本気で信じてくれる理由が分かった気がした。
自分よりかわいそうな女を励ますことが、きっと救いになってたんだ。
私はまずシャワーを借りたけど、スキンケアを持ってくるのを忘れていた。スキンケアにはだいぶうるさいタイプだというのに。コンビニは遠いようだった。
のんの家にはメイク落としなんてもちろん無くて、固形石鹸と安いリンスインですらないシャンプーしかなかった。ユニットバスの浴槽もトイレも黄ばんでひび割れていて、横長の鏡は半分ぐらいがさび付いていた。
バセリンでなんとか化粧を落とし、仕方なく更にバセリンだけを塗って保湿した顔で、のんが敷いてくれた、全然干しても洗ってもいないであろうおばあちゃんの家のタンスの奥にありそうな、古びてしっとりと冷たい一人用の小さな布団に一緒に入った。
たくさん抱きしめられ、愛撫されながら眠りについた。部屋はとても寒かったので、くっついて眠った。のんの足は、冷え性の私よりも冷たかった。私は自分の冷たい足で、さらに冷たいのんの足を暖めてやった。
朝方目を覚ますと、のんもすぐに目を覚まし、起きた途端私に覆いかぶさってきて、また優しく愛撫された。とても心地よく感じていると、のんが私に挿入しようとしていた。
入れられてる感じはほんどしなかった。のんのペニスは、彼の足の親指よりも小さかった。
それでも快感に身を震わせ、無我夢中で腰を振る彼を愛おしく思い、頭をぐしゃぐしゃに抱きしめながら、奥まで入っているのを想像してキスをしながら、彼を受け入れた。
いく、と言って身を震わせたけど、精子は出ていないようだった。でも、癌になる前に射精していた時のような感覚が今でもあるらしかった。
童貞卒業できたね、と言ってあげると、嬉しそうにくしゃくしゃになって、泣きそうな顔で笑った。
笑うときはいつも、声もなく、申し訳なさそうに眉をハの字にして、満面の笑みで文字通り破顔していた。
赤ちゃんのようにとても純粋に、幸せを堪えきれないというような顔をされると、あまりの純粋さに当てられて、今さっきまでしていた行為の不純さがかき消されるような思いがした。
彼は気づいていないかも知れないけど、私の中には彼の尿が入っていて、布団にも少し溢れていた。
しばらくして彼は数時間だけ大学に行くというので、家で待っていることにした。
私はその間にこっそりお風呂場で、中に入った尿を洗い流した。
ぼーっとしていたけど、しばらくして、突然食事を作ってあげようと思い立った。
食材があるようには見えなかったので、近所のスーパーを調べたけど、寒くて外に出るのが面倒だった。
キッチンを物色すると、意外にもシーチキン、卵、人参、玉ねぎ、ジャガイモ、ウインナーがあった。
お米を炊いてシーチキンと卵の丼と、ポトフを作ってあげることにした。
汚くて狭くて使い勝手が悪いキッチンだったが、なんとか頑張って、のんがお昼過ぎに戻ってくる頃には出来上がっていた。
ごはん作っておいたよ~というと、え・・・!とびっくりして、でもとても喜んで、美味しい美味しいと感心するように言いながら食べてくれた。
彼が家族以外の女の手料理を食べるのは初めてだろうということがわかっていたので、とても満足感があった。ポトフはたくさん作ったので、余った分は彼に食べてもらうように言っておいた。この時の料理の写真だけ、カメラロールに今でも残っている。
食後、ノーパンにノーブラで彼の大きなTシャツを着ていた私に、彼が我慢できないという感じで襲い掛かってきた。
いつも画面の中にいたチャットレディーが、自分の家に来てノーパンノーブラで料理作って、セックスもしてくれるなんて、できすぎたエロ漫画の設定みたいだな、と自分ながらに思っていた。
彼はこの時も挿入ができた。入れられるくらいかたくなるときと、ならないときがあるみたいだった。
気持ち良すぎかよ・・・!と呟かれて、それなんて漫画のセリフだよ、と思ったけど、童貞とするのが初めてだったとはいえ、こんなにセックスで感動してくれた男は初めてだった。
入ってる感覚はやっぱりほぼなかったけど、バックで入れられて犯されてるような感覚に満足したし、満足そうにしている彼をたくさん抱きしめてあげた。
彼はセックスする度、私を抱きしめる度、何度も、絞り出すような声で「大好き、大好き」と言っていた。
事後、学習机の上に遊戯王カードを見つけて、え~!?と茶化すと、てっきり子供の頃はまってたカードがたまたま机の上にあっただけかと思ったら、現役のデュエリストだった。
どんなタイミングでデュエルしようってなるわけ?と聞くと、え?俺の周りでは結構頻繁にデュエル発生するんだけどなぁ・・・と言っていて、腹がよじれるくらいに笑った。
オタクなのはわかっていたけど、ここまでとは。それからしばらく、帰った後も思い出すたびに笑っていた。
一緒に買った服を試着させて、似合う〜と誉めてやったりもした。
イチャイチャイチャイチャ、ずっとくっつきながら、どんどん日が暮れていった。その日はチャットをするつもりだったので、早めに帰らなければと思っていたのに、気づいたら夜遅くになっていた。
もう帰ろう、最後にくっつこう、と思いながら後ろから抱きしめられていると、耳や首を愛撫される。服の上から、胸も。
焦らされてるようで、たまらなくて、我慢できなくて、自分でズボンとショーツを膝まで下して彼に向かってお尻を突き上げて四つん這いになった。
すぐに指が入ってきて、優しく優しくされてすぐに絶頂してしまった。物足りなくて、お尻を振っていたら「まだ欲しいの?変態」と言われ、いきなり激しくされて死ぬほど気持ちよかった。
気づいたら終電の時間で、急いで身支度を整えてのんと一緒に小走りでモノレールの駅に向かった。昨日と同じで、星が見えて綺麗な夜だった。
誰もいない駅でキスをして、またね、と言って改札前で別れた。のんは幸せを噛みしめるように笑って私を見送った。
これが最後になるとは夢にも思っていなかった。
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