日常が壊れる雨の音
『明日もそのまた明日も、ずっとこんな日々が続けばいいな』
魔法使いの少女は、そんなことを考えていました。
ですが、その願いもむなしく――あるいは願いが弱かったのか――少女とその町の関係性は突然にして一変してしまうのです。
その日も変わらず、少女は太陽のまなざしで目を覚まし、元気に店の方へと向かいました。いつもと同じ顔をしたお店の人たちがいつもと変わらない口調で「おはよう、今日も元気だね」と言うのです。少女はもちろんそれに返事をして、いつものおつかいを済ませてきます。
その日は珍しく、この辺境の町に行商人が訪れていました。白く首が長い動物を連れながら、行商人は町の店の人たちと交流を深めていました。行商人がこの町に来ること自体が初めてだったので、町の人たちは彼に釘付けになっていました。その連れている動物の名前は何なのか、どこから連れてきているのか、この町で協力できることは何か。彼らは初めての行商人に矢継ぎ早に質問を投げかけました。一方で行商人もこの町のことについて、どんな商品が売れているのかということから自分の家庭についてまで、様々なことを談笑していました。そこには初対面同士の気まずさはなく、まるで昔からの仲だったかのようなほんわかとした空気が流れていました。
そこを少女は横切りました。本屋さんが挨拶をして、慌てて気付いた少女が笑顔で返事をしてそのまま過ぎ去っていきました。それを行商人が見ていると、本屋さんが彼に少女のことを教えました。「彼女は特別な力を持っていて、それでいてみんなに優しくて可愛い、この町の宝なんだよ」と。本屋さんは当然、良い反応を期待していたのですが、行商人はそれに反して俯いたままあまり晴れた顔をしていませんでした。
「どうしたんですか」
そう雑貨屋さんが聞くと、行商人はその曇った表情をなんとかごまかそうとし、顔を上げました。
「いえ、特には何もないのですが……。その、隣国では特別な力を持った人間がクーデターを起こし戦火を巻き起こしたそうで……」
そう言って行商人は「もうそろそろ私は失礼しようかと思いまして」と逃げるようにしてこの町を去りました。
最初は不思議な目で彼を見送っていた町の人たちでしたが、その目線はいずれ橋を渡ろうとする女の子へとむけられました。それも、不思議な目線から、怪訝な目つきへと。よく考えれば、彼女は自分の意志一つで世界を崩壊させるほどの力の持ち主であり、何かの拍子にその力を開放してしまうかもしれない。あるいは、私たちの想像のつかないような世界へと姿を変えてしまうのかもしれない。そして、自分たちの大好きな町が無くなってしまうかもしれない。そのようなことを考えると彼らは、途端に彼女が末恐ろしくなりました。長年かけて培われてきた彼女の愛情は、見知らぬ男一人の言葉によってあっけなく崩壊したわけなのです。
しかし彼女はそれに気づかず、いつものように男の子とくだらない世間話に興じていました。男の子の方はどうやら町の人たちの奇怪な視線に気付いたようで、少女に「今日、なんで町のやつらは僕たちの方を見てるんだ」と繰り返し質問していました。一方の少女は町の人たちの視線を特に不審とすることなく、「ここ最近毎日ずっと私たちが同じ場所で話しているからじゃないかな」と呑気に返していました。
そんな感じで特に目立ったこともなく喋っていると、少女の手のひらに何か冷たい感触が伝わりました。どうやら、雨が降り始めたらしく、店の人も慌てて自分の場所に戻り商品が濡れないよう作業していました。
「今日はどうやらここまでらしいな」
段々降りしきる雨にため息を吐きながら、男の子は気怠そうに立ち上がりました。
「じゃあ、また明日。今日は楽しかったよ」
そう言って男の子は階段を昇っていきました。そういえば文通をしたいのに住所を聞き忘れたな、なんて少女が思った時には遅く、彼はもう姿が見えないところまで歩いていました。まぁいいか、明日こそちゃんと聞こう、と彼女は決意して雨に打たれながら家に帰るのでした。
雨に打たれながら、少女は帰った後のことを考えていました。
彼女の後ろに、今まで見たこともないような目線が沢山あることに気付かずに。
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