じょうききかんと蒸気機関
ちなみに、二人はずっと階段の側で何にもならない暇つぶしをしているわけではありませんでした。時には二人で図書館に行って、難しい言葉が並んでいる本や自分の好きな本を見つけてはそれを読んでいたりしました。
「あ、この本私がとても好きなやつだ」
「へぇ、推理小説とか読むのか。意外だな」
「じゃあどんな本を読んでいると思ったの」
「ファンタジーなものや、無性にオルゴールの音を聞きたくなるような小説を読んでいるのかと思ったよ」
良いのか悪いのかよく分からない例えを持ち出されて、少女は笑いを漏らします。
「ファンタジーはまだしも、なんなの、オルゴールの音が聞きたくなるような小説って」
「文字通りの意味だよ、なんか分からないけどオルゴールを聞きたくなるんだ」
「私はまだそんな本に出会ったことがないな」
「今度覚えていたら貸してやるよ」
「うん、ありがとう。覚えていたらの話だけどね」
まぁ、きっと覚えているんだけどね。少女は心の中でそう付け足しました。
「なんだこの本、何を書いているのかさっぱり分からない」
少女が男の子の言葉に一喜一憂している中、彼は近くの本棚にあった一冊の重厚な本を手に取り、少女に見せました。
「これはきっと、『じょうききかんしゃ』っていう走る車の仕組みについて説明してるのよ」
「こんな難しそうな内容が読めるのか」
「中身はあまり読めないけどね。お母さんから都会の方では『じょうききかんしゃ』っていうものが走っているっていうことを昔教えてもらったの」
「馬車ではなくて? それって一体何で走るんだよ」
「さぁ、分からない。お母さんは『じょうき』って言ってたけど」
「じゃあ『じょうき』ってなんだろう」
「なんか身体がぽかぽかするのと似たようなものって聞いたことがあるけど」
それを聞いた男の子はまるで自分が偉大な発明をしたかのような顔をしました。
「あぁ、それなら僕もなったことがあるな。つまり僕は、『じょうききかんしゃ』ってことだ」
「つまるところ、僕も今走れば足が速くなるのかもしれないな」そう言って男の子は図書館を走り去りました。唖然とするような急展開に少女は思わず狼狽し、白い頬を指でそっと掻きました。「ぽかぽかするのと似たもの、って言っただけであってそのものじゃないんだけどな」笑いに近い溜息を吐いた後、少女もなぜか身体がぽかぽかしてきました。頬が熱くなって、胸がちくりと痛み、周りの視線が気になるような、あの感覚です。
どうやら身体のぽかぽかは伝染するんだなぁ、なんて少女は思いながら、恥ずかしそうに小走りで見えなくなった男の子を追いかけたのでした。
追いかけながら、少女は考えます。
私、どうして彼が本を貸してくれると言った時、『きっと覚えているんだけどね』なんて言ったのだろう?
少女は記憶力が特別良いわけでもありませんでした。ですが確かに、少女は男の子との出来事なら覚えているであろう実感がありました。彼とのことを思い返せば少しだけ胸が苦しくなって、そしてもっと鮮明に様々な思い出が刻み込まれるような感覚が、少女にはあったのです。
しかし、それが何かは少女には分かりませんでした。彼女はそれを言葉に出来なかったし、その感情自体が分からなかったのです。初めて経験するような心情に、少女はもやもやした想いを隠すことが出来なかったのです。
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