魔法使いの少女の願い

とうげんきょう

魔法使いの少女

 それはそれは、昔の話です。とある辺境の町に一人の少女がいた、というところから物語は始まります。物語の始まりとして例外に漏れず、少女は不思議な力を持っていました。彼女が心の底から願うとそれが現実になってしまうという力です。詳しく説明するとその能力は、少女が願えばそれが現実となってしまう、そんな奇妙なものです。その力は後の人たちによって『魔法』と名付けられ、物語の世界で親しまれてきました。

 そんな不思議な力はどうやら、彼女とその一家だけが持っているようでした。その一家の血を継ぐものだけが、祈りの力を具現化することが出来たのです。


 常々、少女はその両親から徹底的な教育を受けていました。

「お前も知っているとは思うが、その祈りの力は驚異的なものだ。使いようによっては世界を滅ぼすことも容易である、そんな恐ろしい力なのだ。……いいか、その力を決して自分の利己的な考えだけで使おうとするな。常に周りの人のことを思いやり、大切な町の人たちのことを第一に考え、その大切な人たちのために願い使うものだぞ。決して、自分の気持ちのためだけに使うものではない。強大な力は、強大な優しさを持って使うものなんだ」

よくこの台詞の後に、続く言葉がありました。

「そして、だ。一番重要なのは、それは人の役に立つのか、どうなのか。本当の自分の願いについて深く考えることだ」

この話は、少女が生まれてきてからずっとされてきました。言葉を覚え始めた時から物心ついた時、誕生日を迎えたその日までも。

 その教育もあってか、少女は人の幸せを素直に喜ぶ、町の人を大切にする人になりました。更には性格のおかげか、その町でちょっとしたマスコットのような人気を博していました。八百屋さんもパン屋さんもお肉屋さんも、彼女の顔を見ると健やかな笑顔で挨拶をします。「やぁお嬢ちゃん、今日も元気かい? リンゴは今日特別に安いよ」「大丈夫。私はおつかいを頼まれているからまたね」


 沢山お店が並んでいる通りで少女はいつものようにおつかいを済ませると、長年使っている手提げ袋にそれらを詰め込み、橋を渡っていきます。

 橋を渡って階段を下りると、そこには少女と同じぐらいの年をした男の子がいます。彼女はその男の子の名前以外、一切知りませんでした。家の出自や両親は何をしているのか、彼は将来何をしたいのか……少女は彼のことを何も知らなかったのです。

 階段を下りた先にいる彼は、いつも退屈そうにしてました。

「こんにちは。今日も川をぼんやりとみているの?」

少女は歩きながらその男の子に話しかけます。彼はそこに彼女がいるのを分かっていたかのようにゆっくり振り向きました。

「あぁ、この町には何もすることがないからね。退屈しのぎだよ」

「そうなのかな、八百屋さんだってお肉屋さんだって、みんな面白くて楽しいじゃない」

「そんなものか。僕にとっちゃこんなのなにも楽しくないよ、もっと刺激が欲しいよ。何か面白くないんだ」

そう男の子が言うと、少女は口に手を当ててくすくすと笑います。良かった、今日もちゃんと暇してるんだ。彼女はそんなことを考えながら、今日あった面白いことを日が暮れるまで話すのです。

「そろそろ日が暮れるね、これ以上はお母さんに怒られちゃうかも」

「そうだね、少しは退屈しのぎになったよ、ありがとな」

そんな別れの言葉を口にして、少女は橋を渡り少年は反対の道に歩んでいきます。

 少女が家に帰ると、おつかいで買ってきたあれこれを台所に置いて、お風呂に浸かり、お母さんの温かいご飯を食べます。食べた後はベッドに寝そべって読みかけの本を開き、その世界に夢中になるのでした。


 ですがたまに、少女は男の子のことを思い出すことがあります。あの話は楽しかったなぁ、面白かったなぁ、と考えながら思い出して、布団を顔まで被っては笑うのです。ひとしきり笑うと、その後は本を読んでいると訪れる健康的な眠気に身を委ねて、彼女は流れるままに目を閉じて、いつものありきたりな日常を終えるのでした。

 時に少女は、『男の子と文通をしてみたい』という願望に襲われることがありました。自分で筆をとって、話したいあれこれやなんでもない日常を文字にしたい。その想いは意識すればするほど強くなりました。少女にも、直接では伝えられないあれこれがあったのです。しかし、彼女にはそれをする手段がありませんでした。少女には男の子の住所はおろか、手紙の書き方すらも分からなかったのです。物語に出てくる文通そのものに憧れを抱きながら、いつか彼と手紙をやり取りできることだけを望んでいました。


 しかし、それらを考えるたびに、少女は意識してその気持ちを押さえつけていました。なぜなら、少女には願いを実現する力があるからです。この自分の力をむやみに使ってはいけない、この力は軽々しく使ってはいけないものなのだ、そう厳しく教えつけられているので、少女は自分の気持ちから必死に目を逸らそうとしました。この力のせいで、お肉屋さんや八百屋さん、そして両親や彼のことを傷つけたくなかったからです。


 そして次の日も、その次の日も、少女は同じような日々を続けました。目元を撫でるような朝の陽ざしで目を覚まし、暖かいご飯を食べて、街の人たちに可愛がられ、そして名前しか知らない男の子とくだらないことを喋り合う日々を何回も続けました。事あるごとに彼女は「このまま楽しい日々が続けばいいなぁ」なんて思っていました。何事もなく、毎日「退屈だな」と呟いている少年の隣に座ってなんだかんだ楽しく二人で喋っている瞬間が、たまらなく好きだったのです。

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