院長先生の章

第16話 院長先生の授業・1

 とりあえず、その日は普通に過ごすことに。

 でも、仕事終わりの祈りと夜の祈りでは、ふんわりと、胸が暖かくなる。

 実感がある。

 思い切って主への祈りの後、いつものように懺悔をします。

 ………誰かに抱きしめられたような感覚を覚えます、凄く温かい。

 私は、泣くのではなく、苦しむこともなく、初めて静かに懺悔を終えられました。


「ルカさん」

 翌日、私はナースステーションで、ルカさんを待っていました。

 野外で食事を済ませて帰ってきたのでしょう、昼休みの終了ギリギリになって帰ってきました

「ルカさん!院長先生の分身の所への行き方を教えて下さい」

 私は、鞄に座学用の筆記具を持ってきていました。使うのかは分かりませんが。

「ああ、あれだねOK、すぐ連れてってあげるよ!」


 女神の間、崩れかけの台座の後ろ側に、薄赤いタイルが一つある

「その赤いやつの上に乗ったら、チェンジ!と念じる。健闘を祈るよ」

 うっ、確かに魂の中に入れて貰っていたとはいえ、ほとんど口をきいた事のない相手です。確かに緊張します。

 それでもわたしは紅いタイルを両足で踏んで、

『………チェンジ』と念じました。

 瞬間、景色が変わります。

 神殿の景色から、豪奢な書斎へと。

 両側には、天井まで続く重厚な木製の本棚で、立派な装丁の本に埋めつくされています。奥には立派な木製のデスク。整然と整えられています。

 そこまでたどり着くのには、結構な距離がありまします。

 半ばまでたどり着いて、ようやくデスクに院長先生の顔が見えてきました。

 もういいやと、途中から早歩きでデスクに辿りつきます。

「………院長先生、来ました」

「ん、よろしい。テーブルを用意すするから、そっちに行ってね

 院長先生が、パチンと指を鳴らすと、廊下の中央付近にテーブルと椅子がせりあがってきました。これも木製、重厚な感じです。椅子も同じ素材です。

 そして、本が山になって積まれています。

 おずおずと、机に近づくと、院長先生がスタスタと追い越していきます。

 慌てて私も院長先生と差し向かいの席につきます。


「よく来たね。私は分身だけど、直接本体が操っているから………本人みたいなもの。だから院長先生呼びでいいよ。他に希望があるなら検討するけど」

「ええと、良かったら院長先生の名前が知りたいです」

「レイズエル、もしくはライラックだよ」

「えーと………蘇生の光、と花の名前」

「そういう意味ね」

「レイズエル様とお呼びしても?」

 施療院に居るものにとってはまさしく、蘇生の光ですから。

「表の施療院の方で、呼ばなければいいよ。それから様は要らない。魂で交わった中でしょ?」

「交わったって………何か照れる表現なんですけど」

「気にしない。私は貴方を気に入ってるから、様は必要ないと言ってるの」


 そんな私の戸惑いをよそに、院長先生は本の山の中から1冊の本を抜き出した。

「じゃあ、今日はこの初歩の方の本ね。先に知識の方から得て貰うから。「異界病院」でも指折りの研究者になったら終わり。実践に進んでもらう。で、今日はこの本を記憶球化するから、読み込んでね。読み込んでる間、しんどいだろうから、あのクッションルームを使うといいよ」

 またパチンと指を鳴らすと、本棚がゴゴゴと前にせり出してからスライドします。

 そこには四方がクッションで、可愛いファンシーなぬいぐるみ満載な部屋が出現。

「わたしの寝室のひとつだけど、ここは好きに使っていいから」

 ………院長先生ってファンシーなもの好きだったんだ………。

「失礼な………多趣味なだけ。あとふかふかしたものも好き」

「えっ⁉」

 思考を読まれた?

「ああ、言っておくべきだったかもね。私は目の前の人の思考を読んでる。例外は、私の婚約者だけ。やめるつもりはないから、受け入れてね。貴女の場合は、すでに魂の隅々までスキャンしているから今更なんだけど」

 そう言われてしまえばそうだ。

「ルカさんとかは知ってるんですか?」

「古参のひとりだからね。それ以外の婦長も知ってるけど」

「他の人は?」

「知らない方がいいってこともあるのよ、お嬢ちゃん。一応人を選んで教えてるわ」


「さぁ。それよりも、勉強しましょう」

 院長先生は医学書から記憶球を作り出す。本を暗記してなければいけないやり方だ。

 さあ、どうぞ、と院長先生は私に記憶球を差し出します。

「………先にクッションルームに行ってからじゃダメですか?」

 いいよ、と院長先生はクッションルームに無造作に記憶球を放り投げた。

 これも、高度な魔法操作がないと、記憶球は消えてしまう

 しかし、放り投げられた記憶球は、ポンっと弾んで、クッションに埋もれた。

「さ、どうぞ」

 院長先生がクッションルームを指さす。

 大丈夫、まだ初歩………大したことは、ないはず。

 クッションルームに入って情報球を掴む。頭に埋没させていく。

 大したことは、あった。

 院長先生、本に載ってる実験を、行った結果までまとめている。

 記憶球だったらしい。

 私は疑似感覚とはいえ、あの本を自分のものにしなければいけないのだ。

 激しく頭が痛い、鼻血が垂れてきた。

 それは目の前のクッションを汚すが、汚れた瞬間、クッションは綺麗になった。

 気が咎めずにすむのなら、と、私は大きいクッションを抱きしめる形で、転がり回ります。


 日時にして十二時間は経ったでしょうか。

 私は肩で息をしながら、記憶球の吸収を終わります。知識が自分のものになった実感があります。

「よく頑張ったね、半日なら上出来だよ」

 慈母の如き微笑みを浮かべている院長先生。背伸びをして、頭をなでてくれる

「今日はもう、無理だろうから、かえって休みなさい。それと今度からここに来るのは日没にしてもらっていい?その方が本体の負担が少ないから」

「え………ああ、院長先生はヴァンパイアなんでしたっけ?」

「そ。だから日没からが稼働時間。あんまり区別しなくてもいいだけの力を持っているけど、できれば日中は寝たい。余計な事は分身に任せてね。でもあなたの事は、余計な事じゃないから。自分の魂に入ったものは、子供のように思っているから」

「院長先生………ありがとうございます」

 心の奥が、ジーンとする。母親だなんて。

「母が死んで以来、一生得られる存在じゃないと思っていました」

「だから気安く頼ってきなさい。私はいつでもここにいるわ」

 慈母の如き微笑み。

 私の2人目の母。

 わたしは深々とお辞儀したのだった。

 ああ、この人についていけば、私は救われる。何故か私はそう思ったのだった。

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