第15話 通じた祈り
ロレアルさんのお手伝いをしてから、千億年もの時が過ぎました。
外の世界では、一兆年経っているそうです。
それでも世界は、文化を、文明を変えつつ回り続けていて…………。
以前と変わらぬとすら思えるほど。
科学王国ルベリアと魔法王国フィーウは相変わらず仲が悪いですし。
先の戦争で、あまり懲りた様子もないですし。
看護師も半数ぐらい、顔触れが変わりました。たった半数とも言えますが………。
私は、未だに下働きのままです。
最古参の下働きです。看護師より自由な下働きでいたかったから。
魔法も、上級魔法のみならず、特殊魔法も、神聖魔法も全て修めました。
キントリヒさん(悪魔)のスパルタをまた受けつつですが………。
いえ、神聖魔法は、さすがに他の方でしたが。
他にも様々な技術を身につけました。
身につけた技術で、患者さんの願いを叶えるのが好きです。
でも、お医者さんになれるぐらい、知識と技術を身につけようと決めました。
きっかけは100年程前………
ルカさんが私の部屋にやってきて言いました
「やぁ、ようやく、祈りを届けることができるようになってきたようだね。天帝陛下から、思念が返ってくるようになるまで、きっともうすぐだ」
「え?」
ぽかん、とした私。
祈りが返ってくるとは、もはや思っていなかった私。青天の霹靂です。
「先日、この異空間から出て、神のもとに行こうとする祈りを感じたよ。ただ、実はこの異空間からは神に祈りを届けるのは無理なんだけどね」
「え?え?」
「安心したまえ、今までの祈りは、無駄ではない。元々神に届くほど強くなかっただけだ。それらは全部最上級天使である私が受け取って、祈りを昇華させているからね。でも、やっとここから出て神のもとにいこうとする祈りを、わたしが受け取るわけにはいかない」
呆然としました。今まで神に祈ってきた祈りは、全部ルカさんに届いていた………?
でも、元々神に届かないレベルの祈りなら、受け取ってもらえてよかったのかも。
昇華というものが、少しわからないけど。
そう言うとルカさんは
「祈りに込められていた想いを、私の聖気で成仏させたのさ」
とウィンクしてきました。
ルカさん………ずっと私の祈りを受け取っていてくれていたのですね。
呪いみたいなものだったでしょうに。
そして、やっと、千億年の時をかけて、神に祈りが届けられると………?
「ルカさん、祈りをここから天界に届けるにはどうしたら………?」
ルカさんは、手のひらを開きました。
「新しい聖印だよ」
私は受け取ってよく見てみます。
お椀型の膨らんでいる方に、太陽が描かれているのは、今までの通り。
ですが、いずれ名のある名工が、というぐらい美しい太陽です。
そして、太陽の中心の球が、翡翠になっていました。
椀の中も外も、木と翡翠で埋めつくされている、重厚感あふれる逸品です。
そして翡翠から、触らなければ分からないほどですが、聖気を感じます。
「その翡翠はね、死んだ天使の魂の核なんだよ」
「ええっ、ご遺体から………?」
「違う違う、いや、違わないか。でも、本人がこうしてくれって言ったんだよ」
自分を聖印にしてくれと?
「わたしがまだここに居なかったくらい前のころなんだんだけどね。院長先生に、回復が無理なら、私の魂を人の子の役にたててくれって言った天使がいたんだってさ。院長先生はキミのことを予知して、聖印にその天使の魂の核を封じていたんだって。いま、ここで渡せるように」
「私に………今?」
「そう、それで祈れば祈りは通じ、陛下の気配が感じ取れるようになる。外の世界に祈りの拠点が開くんだ」
祈ってごらん、と言われて私は、聖印を胸に抱いて、心をこめ。
真理の源である神よ あやまることのない あなたが天から示し
教えてくださるすべてのことをかたく信じます。
神よ、わたしの信仰を支えてください
と唱えました。
すると、エメラルドグリーンの光が胸元にどこからともなく差し込みます。
それが私の胸の中に入り、大きな手で、強く、優しく慰撫されるような感覚をもたらしました。『君に幸あれ』の言葉が天使語で聞こえます。
心に温かさをもたらす声音。エコーのかかったやさしいテノール。
私は、思わず泣き出してしまいました。
ここ最近なかったことです。でもそれぐらいの感動を私は覚えていました。
つくりものでやろうと思えばできること。でも、わたしはこれが本物であると、自分の祈りに答えてくれたものであることを確信していました。
ルカさんが私の肩を抱いて
「おめでとう。人によっては、永遠に達せない境地に達したんだよ」
と、言ってくれました。とても嬉しかったです。
「ルカさん、私、看護師やお医者さんにはなりませんが、なれるだけの経験と知識を身につけたいです。人の望みを叶えるだけではなくて、助けにもなりたいので」
「う~ん、ワガママだね。でも、わからないこともない!」
ルカさんが軽く苦笑します。
「医者にならないなら、私たちが治療の手を割いて教えてあげることはできないけど、そういうことなら院長先生に頼むべきだ。だって院長先生がこの聖印を渡したから、君にそういう欲求が生まれたんだからね」
「ああ、まあ、その通りだね」
「「院長先生⁉」」
「何びっくりしてるの?わたしが仕組んだことなんだから、居てもおかしくないでしょ?やっと通じてよかったね、向こうも敬虔な信徒ができて喜んでるでしょう」
「院長先生、私………」
「お礼は要らない、リリジェン、あなたの努力の賜物だし」
院長先生はひらひらと片手を振って見せる。
「リリジェン、貴女の要望は、私の分身を一人貸す事で叶うね。いいよ、貸してあげる。ただし、スパルタだけど。教科書は用意してあげる。その気になったらいつでも女神の間の隠し扉に来なさい。場所はルカが知ってるね、じゃ」
早口でそう言って、院長先生は掻き消えた
これが私が、医療を勉強することになったきっかけ。
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