癒しと信仰の章

第4話 魂の中で

「院長先生が到着されたわよ」

エルシーさんが言います。

手術室のドアから入ってきたのは、人形のように―—―いえ、それ以上に整った顔をした少女。青白い肌に、薄い金髪はショートヘアー。

上下黒の、だぶだぶした服を着て、深紅のショールを首に巻いています。

不吉そのものといった容貌ですが、何故か私はこの人なら信じられる、と思ってしまいました。そして結果を考えると、それは全くその通りだったのです。

「エルシー、彼女を脅かすものは全て取り去ったわね」

「はい、院長先生。でも、彼女の最たる傷は精神こころにこそあると思います」

「ええ、そうね。もう、普通の手段では回復できないでしょうね」

私は、それでもいい、血染めの体で生きるよりは、殺してほしいと思いました。

「では、私の魂の中で癒されてもらうこととします」

魂………っておとぎ話のあれでしょうか?

院長先生は私に近づいて、とても細い腕で私を抱きしめます。

その瞬間、わたしはきらめく星空に包まれていました。

そして体を包むのは柔らかいジェルのクッション………みたいなもの。

全身を包まれても、息苦しくなく、むしろ快適で。

その時私は気付きました、全身にひどい傷を負っていることに。

そして、それは精神の傷であることに気付きました。

それは痛みます。

でも、どこからともなく出てくる優しい細い手が、それを癒していきます。

ゆっくりゆっくりと、癒しの手は私を癒していきます。

落ち着いたころ、歌が聞こえました


眠れよ子らよ 汝を抱きて

この身をかけて 護りたれば

麗しの 花咲けり

眠れ 今はいと安けく


眠れよ子らよ  汝が夢路を

この身をかけて  護りたれば

眠れ 今はいと安けく

夢の園に ほほえみつつ


歌を聞きながら、私は癒されていったのです―—―。


三千年の時が経った時―――なんとなくの体感―――わたしはやさしく揺り起こされました。目を開けると、そこは、簡素な病室で、私はベッドに寝ており、傍にはエルシーさんがいます。

「おはよう、三千年ぶりですね」

これで確定です。

わたしは三千年を院長先生の魂の中で―—―。

「わたしはもう、あの空間には戻れないの?」

と、聞くとエルシーさんは。

「あなたはもう、一人で立てるわ。もちろん治療を続けながらだけれど」

この体は丁寧に癒され、保存されて、貴女の帰還を待っていたのだと。

エルシーさんは言った。

「入院してもらいたいところだけれど、それだけじゃ、暇な時間が多すぎて色々思い出してしまうわね?」

まだ思考がぼんやりしていましたが、エルシーさんに「たぶん」と言いました。

「よろしい、では雑用を任せます。後の事は、アタマがしゃきっとしてからね」

と部屋から出て行ってしまいました。


しばらく時間が経って、私のぼんやりが落ち着いたころ。

わたしは、泣き出し始めてしまっていました。

アリアのこと、子捨て星の「彼」のこと、殺した数百の無辜の民と、巻き添えにして殺した同胞の事。次から次へと心に蘇って、私を責めさいなみます。

「ごめんなさい………ごめんなさい」

死をもって償うなんてできない。それで埋まるほど簡単な罪じゃないから。

苦しみ続けることが、唯一の贖罪。

私は、自分の体を抱いて、泣き続けました。

―—―そうして、涙も枯れたころ。彼女は、私のいる部屋に入ってきました。

「こんにちは、泣き止んだようだね」

と、花束を抱えた女性は言います。

泣いていた私が、思わずぽかん、とするほどきれいな人でした。院長先生の時は、思考が病んでいたので、細かい部分は分かっていませんでしたが、今なら分かります。

長身で、金色の髪をショートにしています、瞳はとても綺麗な緑です。

唯一困惑する材料は、彼女の背中に三対の翼がある事でした。

私は何故か、その翼の輝きに見入ってしまいます。

ぼうっとしていたら

「はいっお見舞い」

と、野の花を摘んだのであろう、かわいらしい花束を私に差し出してきます。

でも、誰が私にお見舞いなんか………?この人(?)でしょうか。

「泣き声が聞こえたってね、廊下にいた患者さんたちがガーデンで作ってくれたのさ」

受け取らなきゃだめだよ、と花束を私の膝におきます。

「できるだけ声を出さずに泣かなければいけませんね、わたしのために、こんなこと………してもらうだけでも苦しいです」

「嘘でもうれしいって言わなきゃだめだよ、言葉は生きているんだから。ネガティブなことを言ったら、ネガティブな事が起こるんだ」

「そんな事、初めて聞きました」

「そう?でも本当の事だからね」

にっこりと笑います

「自己紹介がまだだったね、私はルカ。天使棟の看護婦長さ」

ややこしいことを言っても混乱するだろうから、とルカさんは「入院案内」と書かれた冊子を私に渡しました。

「これを読んで、ここの仕組みが分かったら、また来るよん」

と、言ってルカさんは颯爽と部屋から出て行ったのです。

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