終章

第32話 きたる黒鉄の時代

「おい聞いたか? なんでも王位継承戦にともない、数日前から法王庁から異端審問局の役人が王都に派遣されてきたらしいぞ」


「怖いよなぁ。あの極悪非道の拷問集団だろ? 誰にどんな難癖付けてくるのか……」


「シッ、滅多なことを言うもんじゃない。密告でもされたらどうする?」


「いや、それなんだがな。なんでも審問局の奇跡認定官が、直接認めたらしいぜ?」


「認めたって、何をだ?」


「異端ではなく奇跡をさ。それもあの史上最凶の黒騎士アアルシャッハが断言したそうだ。彼こそが奇跡そのものだと……」


    ◆


 一週間後、俺の前には大勢の兵士や執事、侍女が整列していた。

 目前に控えるのは、青い法衣をまとった大柄な男である。


「こたびの発表、まことに敬服いたしました。かの黒騎士に、奇跡そのものとうたわれるとは……やはりユーシア様は素晴らしい御方であります!」


「ユーシア様は、勘違いでみすぼらしいと言った私を叱責することなく、あまつさえ姫様の前で粗相をした私を介抱してくださいました。ユーシア様はまこと聖人にございます」


「聞けばレーテシア様のお命を不思議な技で救われたとか。姫は国の宝。その姫をお守りくださった殿下は、素晴らしき騎士の鑑にございます」


「あー……うん、えーと、なんだこりゃ」


 溢れんばかりの賛辞が飛んでくる。

 俺の両脇には姉さんと黒騎士がおり、姉さんは終始ニコニコ顔だった。


「うれしいわ。ユー君がみんなに認めてもらえる日がくるなんて」


 両手を胸の前で合わせ、るんるん気分でいる姉さん。

 国王代理という職権乱用で俺を召還したものの、世間に認められることは彼女にとって我がことのようにうれしかったらしい。

 そしてそんな騒動の主犯……黒騎士は無言のまま俺の隣に控えていた。


「おい、どうすんだよこれ。えらいことになってるぞ」


 ぼそりと黒騎士に話しかける。

 一方、甲冑の方からは妙に頼りない声が聞こえてきた。


「ううぅ~わたしにも言われても困るよぉ」


 そうなのだ。

 いまの彼女は甲冑こそ身にまとっているが、中身はリリーシェなのである。

 彼女はいま、鎧の下におしゃれなネックレスを身に付けていた。

 覇鉄のネックレス。

 昔、俺がアンヌンの森で作った物を、師匠に持ってきてもらいプレゼントしたものだ。

 竜の咆哮すら完全に封じる小型のアミュレット。

 それはリリーシェには自由を約束する道具である一方、もう一つの人格であるアアルシャッハを封じ込めるものであったが……当のアアルシャッハは、リリーシェが元気ならそれで良いという妙に物わかりの良いスタンスだった。


 そして厚意には報いるべきだと主張し始め、礼をするから待っていろと言われた結果……いまにいたる。

 アアルシャッハは自らの筆跡で調印をしたため、この俺を奇跡の人と公表し始めたのである。


 異端審問官が、異端を奇跡として認める。

 それは長い歴史の中で、絶対に起こりえなかった大事件。

 しかもこれまで最も多くの異端者を検挙してきた黒騎士……法王の娘が、〈エゴ〉のない無能王子を奇跡として認定したのだから、そのお触れは国中を駆け巡りえらいことになってしまった。


 もちろん疑念を抱く連中も王都に大勢いた。

 だが一部の人たち……近衛に返り裂いたタフガイの隊長やらが、俺の武勇伝を妙に吹聴した結果、その風向きも変わってきてしまった。

 一方、それと同じくらい王家を騒がせたのはカロン公爵の王位継承辞退宣言だ。

 カロン公爵……彼を殺した元凶が歴史から抹消されたことで、カロン公爵を含めた殺人事件の犠牲者は皆が復活を果たしている。


 復活という言い方は語弊があるかもしれないが、とにかく殺されなかった世界に歴史が修正されたいま、本来なら胸を張って以前どおりの傲慢な態度を見せるかと思いきや、公爵の態度は妙に消沈し、継承の辞退に繋がったのである。


 何らかの記憶の影響が、公爵の心に刺さるものがあったのだろうか?

 そして王位継承の有力候補が脱落した中、俺も新たに王位継承戦に出ることを表明した。


 〈エゴ〉のない無能王子が、国王になってなにができるのか。

 そんな批判も相次ぐ中、俺には王になったときの目的が二つあった。

 一つ目はエルフの工房を王都に移設し、製鉄所の設立ないし鉄工業の発展だ。


 そうすることで被差別階級である不良よからずの社会的地位を向上させ、文明としても発展を果たすことが目的の一つ。


 二つ目は〈結界〉システムの破棄である。

 〈結界〉を使い続ける以上、王族の中から魔王覚醒者はでてくることになるだろう。

 それに、災いを外に捨てて内部のみ楽園を築くというシステムが、ゆくゆくは因果が巡り巡って大きな災厄として世界中を包むのではないかと……そんな確信めいた予感があったからだ。


 とはいえそれらは簡単な道ではないだろう。

 まだまだ大きな問題は山積みである。

 現在〈結界〉に覆われたレス王国の外……災厄を押しつけられた諸外国では、どんな問題が発生しているのか……謎は大きく広がっている。


 そして最大の問題は、俺自身。

 かつて

〈黄金の時代〉

〈白銀の時代〉

〈青銅の時代〉があり、いまは〈英雄の時代〉。


 だが、〈黒鉄の時代〉を到来させる異邦の始祖……

 異世界人の〈魔王〉が覚醒したことを知る者は誰もいないからだ。


 ……ただ一人をのぞいて。


「いーんじゃない? これから新しい世界を築こうっていうんだ。慕ってくれる相手は多いに越したことはないよ。あたしも期待してるよ? 勇者くん」


 そう言って、世界でただ一人の黒髪のエルフ・妖精大公イオルメリアは俺の肩に腕を回し、いたずらっ子のように微笑んできた。


「ほーんと、期待してっから。今後も、“師匠”として色々レクチャーしてやっからな?弟ぇ~子っ!」


 なぜ……妖精族の大公が、俺を引き取り世話をしてくれていたのか。

 妖精族は……自分たちを大勢駆逐した人間族を恨めしく思っている者が多いという。

 そんな彼らにもしも復讐心があったのなら……。

 そして、その人間族にとって巨大な敵となりうる何者かがいたのなら。


 投資という意味で……甲斐甲斐しく世話をしてくれたのではないだろうか?

 その育て主は、師匠というより……経験済みの先輩としての面があって……。


「俺は……神様の言うとおりになる気はないからね。……義母さん」


「ほぉ~う。何のことを言ってるのかな、あたしの坊やは」


「継ぐという意味じゃ、俺は弟子失格だからな。先代の苦労は分からないけど」


「フッ……あいにくと、あたしも分からないよ。妖精族の魔王は双子だったからね」


「双子の、魔王?」


「あたしはあくまで大公。あたしの姉様こそが王であり、〈源流〉だったからね。だからあんたが次の流れに伸るか反るかは、しっかり見極めさせてもらおうじゃないの」


 そう耳元で囁いて……先々代の〈魔王〉イオルメリアは俺の前から姿を消した。


「ユー君なら大丈夫だよ。お姉ちゃんがずっと支えてあげるから」


 一方、再び取り戻せた家族は、俺にとってもかけがえのないもので。


「俺も……一緒にいてくれてうれしいよ。…………姉ちゃん」


「ゆっ、ユ~君っ! いま、昔みたいに姉ちゃんって……っ」 


 いまはただ、この最愛の姉が無事でいることの喜びを改めて噛みしめるのだった。



                                    【完】



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ここまでお読みいただきありがとうございました!

物語は第一部完ということで、いったんここで終幕となります。

面白いと思っていただけたなら、★などを頂けると幸いです。

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『世界最強のただの鉄の剣』 ~魔術が絶対の世界で魔力のない不良王子。前世の記憶で日本刀を作り、剣士として生きていく~ 久遠童子 @UST13

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