第30話 呪いが声援に変わるとき

 彗星のように落ちてくるヴァシュラートに対し、身構えた瞬間――


「だめぇぇーッ!!」


 横から少女の声が響き渡った。


 直後、空中で大きくバランスを崩したヴァシュラートは、速度を殺せぬまま猛烈な勢いで脇の地表へと激突する。


(なっ……? た、助かった……のか?)


 振り返ると、そこには鉄の鎖を握り自らの喉に押し当てたリリーシェの姿があった。


「リリーシェ!」


 そんな傷だらけの身体で、ここまで来たっていうのか?

 リリーシェに駆け寄ると、彼女の身体を覆う包帯からは血がにじみ出し、その怪我の深さを改めてかいま見せられる。


「良かった……ユーシア。わたし、こんなことでしか役に立てないから……」


 痛みに耐えながらも、なお微笑もうとする彼女の姿。

 それは健気さ以上に、心の強さを俺に訴えてきた。


「ありがとう……助かったよ」


『……いまのは、効いたぞ。小娘ぇぇ……ッ』


 一方、墜落したヴァシュラートはよろめきながら身体を起こしていた。

 その全身を覆う闘気は散り散りになり、白銀の甲冑も衝撃でズタボロになっている。

 兜が弾け、晒された素顔は血潮にまみれて大きく損傷していた。

 妙なのは、その状態から元の姿に戻ろうとしないことだった。


(まさかこいつ、いま……〈魔法〉が使えないのか?)


 そのとき、他ならぬヴァシュラートが語っていたことを俺は思い出す。


『あり得ません。ユーシア様はご存じないでしょうが、魔術の行使には高い集中力が必要とされます。錯乱中は〈エゴ〉が乱れ、魔術を使うことは不可能なのですよ』


(そうだ。いまのヴァシュラートは、リリーシェの声で〈エゴ〉が揺らされている状態なんだ)


 奴の魔法〈永劫回帰〉は常時発動型。

 だが、の自分に戻るかは任意に決めているはずだ。

 その集中力を妨害できれば、即座に復元とまではいかないらしい。


 夢の中で同調していたときは、俺がいたせいで威力が半減していたけれど……いまなら、ひるませる程度はできるんじゃないか?

 だがそれは、ここまでコケにされた以上奴も読んでいるはず。ならば……。


「リリーシェ、声援を……頼めるかな?」


「え……?」


「お前の応援があれば、あいつに勝てる」


「わたしなんかで……いいの? わたしじゃなくて、アアルシャッハの方だよね……?」


「なんか、なんて言うなよ。お前だよ。お前の声。お前のその可愛い声だからこそ、いいんじゃあないか!」


 自分の声が、どれだけの不幸を招くか知っている彼女。

 俺は自分の作戦をリリーシェに話した。

 ともすれば、彼女をさらなる危険に巻き込みかねない提案。

 しかし説明を聞いたリリーシェは……


「うん、やる!」


 胸の前で両手を握ると、決意を露わにしてくれた。


「ユーシア……が、がんばれ~」


「ああッ!」


 俺は刀を握ると、ヴァシュラートに向かって走り出した。

 体勢を立て直したヴァシュラートは、狂気に歪んだ目つきでこちらを睨み付ける。

 手の平を突き出す。だがその狙いは俺ではなく……後方にいるリリーシェだ。


『潰れろッ……アアァルシャッハァァッ!』


 必殺の【覇界魔法】――【空魔くうま縮滅掌しゅくめつしょう】が発動する。 

 空間圧縮の魔法は、座標の認識を起点としたピンポイント攻撃。

 狙われた彼女の対角線上にいるとはいえ、俺が剣を振るって断ち切れるものではない。

 しかし、俺の狙い通り……リリーシェに届くはずだった空間圧縮は、不発。

 収束していた〈エゴ〉は、ガラスの破片状となって砕け散った。


『なっ……!? バカな……ッ』


「お前はリリーシェのことをッ、俺以外に鉄を持つ子がいることを知らなかったようだな!?」


 刀を構えて突貫し、全力で奴に刺突を見舞う。

 確かな手応えと共に、俺の刀は深々とヴァシュラートの身体に突き刺さっていた。


『なっ、にィィ……!? 誰ダ、その名は……っ』


 白騎士ヴァシュラートは、黒騎士アアルシャッハのことしか知らない。

 その黒騎士が〈エゴ〉を無効化する鉄の鎖を身にまとうことで、リリーシェとなることを……奴は知らなかったのだ。


『ううっうう゛、グッ……ぉぉぉぁああアアッ!』


 ヴァシュラートは絶叫し、苦痛にもだえた。

 これだけざっくりと忌金属が接触しているんだ。

 〈魔術〉はおろか、〈魔法〉だって使えるはずがない!


『お、の、れ……おのれおのれ、おのれぇぇエエ……!』


 怨嗟の声をわめき散らしながら、ヴァシュラートは身震いする。


「終わりだ! 姉さんの仇、取らせてもらうぞ!」

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