第26話 いまだ訪れぬ第四の魔王
「アイデスの奴は、この無限の財布……〈魔王のエゴ〉を乱用し始めてね。他国に宣戦布告をしまくった。結果、単身で隣国制圧を繰り返す最強の統一王として君臨したわけだ。一騎当千どころか、一なる万軍って奴だね。その影響力はまぁ知っての通りさね」
親父はどうしてそんなに他国を征服したかったのだろう?
覇王として歴史に名を刻みたいという、野心でもあったのだろうか?
「もちろんアイデスはヤバイって思ってただろうね。でも、あいつには無理をしてでもそれを成し遂げなければならない強い動機があったんだ」
「ただの戦争好きじゃなかったってこと?」
「ユー君、お父様が宣戦布告を開始したのは二十二年前のことよ」
「いまから二十二年前っていうと……英雄歴の四九九五年か」
「おりしも五年後は人類誕生から五千年。アイデスは次世代の〈魔王〉をことのほか恐れていたんだ。人類滅亡の憂き目を、どうにか防げないかと考えてね」
そうか、親父からしてみれば自分の中に〈魔王のエゴ〉があるのだから、その伝説はより真実味を帯びていて……誰よりも脅威を知っていたってことになる。
「そうしてアイデスは人類を守ろうとした。できる限りの国を征服し、自分の意識的支配下におくことで……各都市を〈結界〉で覆い、次世代の〈魔王〉の襲撃から守ろうと考えたんだ」
「なっ……!」
他国を安易に破壊せず、自治にも干渉しなかった親父の征服戦争は……人類を守るためだったと? 暴君に見えて、その実人々の救済を願っていたっていうのか!?
「アイデスは当初、自分がフルパワーで〈結界〉を維持できるのは五年程度と考えていたようだ。だから英雄歴五千年のギリギリ五年前から戦争を始めたのだけれど……皮肉なことに、次世代の〈魔王〉は現れなかった」
いまは英雄歴の五〇一七年。
本来なら五〇〇〇年目に滅ぶはずなのに、有史以来最長の年月だ。
次世代の〈魔王〉が出現していないため、人類は無事でいるってことか。
「もちろん新たな種族だから、その外見も特徴も分からない。獣なのか魚なのか、はたまた宇宙からやって来るのか、国中を監視したらしいけれど……その兆候はつかめなかったそうだ」
「結局、領土拡大というツケだけが残されて……お父様は〈結界〉の維持に、より〈魔王のエゴ〉を使うようになったわ。そしてだんだんと心を蝕まれていった」
「歴代の王族同様、アイデスも〈魔王のエゴ〉に浸食され、自分が怪物になる感覚が耐えられなかったんだろうね」
怪物……確かにあれは怪物なんだろうけど、そもそも〈魔王〉ってのはご先祖様だろう? 人類の庇護者……言わば味方なんじゃないのか?
そのとき俺は、悪夢の中で感じた殺戮衝動を思い出した。
もしかして〈魔王〉というのはただ単純に、いまその時代に栄えている種を滅ぼそうとする自動的なシステムなんじゃないだろうか?
だから人間族の〈魔王〉であろうと、もしも人間の栄える〈英雄の時代〉に再臨したのなら……滅亡のターゲットは人類になる!?
「じゃ、じゃあ、まさか親父が死んだ原因ってのは……っ!」
「恐らくお父様の中の〈魔王〉が覚醒しようとしたんでしょうね。空を飛んだというのも、ただの跳躍よ。だから冷静に自分に拘束の魔術をかけて……墜落した」
「結局、アイデスは人類を守ったのかもしれないね。自殺という形でさ」
頭の中が真っ白になる。
まさかそんな形で、俺は二人目の親父を失っていたなんて。
「姉さんも師匠も最初から知っていたのか!? 知っていたなら、何で教えてくれなかったんだよっ!?」
「それこそアイデスの遺言だったからさ。あいつは勇者くんに〈エゴ〉がないと知って、王家の中で初めて〈魔王のエゴ〉を持たない王子の出現に感動していたんだよ。血の呪縛から逃れた……唯一、自由な人間だってね。そのあんたに平穏に過ごしてもらいたくて、余計な情報は断っていたのさ」
「そんな……」
俺の脳裏に涙を流していた親父の姿が思い出される。
虫けらにも劣る王子の俺を、希望と言ってくれた真意は……そういうことだったのか。
「そしていま、〈魔王〉に覚醒した何者かが一人」
その言葉にハッとなる。
そうだ、確かに王族が〈魔王のエゴ〉を持つことは分かったが、あの暴れまくっている殺人鬼はいったい何者なのだろう?
そしてなぜ俺はアイツと感覚を共有したんだ?
「まだ覚醒したてとはいえ、〈魔王のエゴ〉に喰われた時点で、元の〈エゴ〉……本来の人格は消滅していると言っていい。〈エゴ〉というのは魔術の源である以前に、魂の輪郭そのものだからね。輪郭を失い、自分が何者であるのかという形を失った結果……勇者くんが混ざってしまったんじゃないかな。〈エゴ〉を完全に喪失した者が、〈エゴ〉を持っていない透明な君と同調したとあたしは睨んでる」
茫洋とした感想だが、〈エゴ〉というのは集合無意識という海原を漂うビンのようなものなのかもしれないと思った。
蓋をされたビンの中身が魂だとして、方や俺は海中を泳ぐ魚だ。
海中でビン同士がぶつかっても問題ないが、その蓋が開き魂が溢れた存在は、海を泳ぐ魚の俺と接触してしまう可能性があるって……そんな風な解釈でいいのだろうか?
何となく理屈は分かる。
けれどそれじゃあ、〈魔王のエゴ〉に乗っ取られる人間が出てくるたびに、俺はそいつと同調してしまうってことじゃないのか?
「安心して。ユー君を脅かす者は、お姉ちゃんが何とかするから」
姉さんはにこりと笑うと、その後には冷徹な戦士の表情に切り替わる。
「姉さんはその、大丈夫なの? 〈結界〉を維持してるのは姉さんだし、負担が」
「大丈夫よ。弟を愛するお姉ちゃんは無敵なんだから」
そう言ってウインクして見せる姉さん。
「犯人の潜伏先にアテはあるのかい? お姫ちゃん」
「逃げた方向は貯水湖の方だったから、そっちを追ってみるつもりです」
分かっている、姉さんは恐らく最強の存在なのだろう。
人間の魔術師が何人かかろうが、それこそ魔王覚醒者が相手だろうが、一歩も引かない力を秘めているに違いない。
けれど俺は、なぜだか言葉にできない不安に囚われるのだった……。
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