第22話 魔術と魔法②
「――愛さ!」
「あ?……い?」
「そう! 魔法とは、愛の力で奇跡を起こすことをいうんだよ!」
真面目に聞いていたこちらがバカみたいなことを言い始める。
「あのな。ふざけてないで、もっとちゃんと教えてくれないか」
「真面目も真面目。本当に文字通りの意味なんだよ」
「なんか……やたらとロマンチックな響きに聞こえるんだけど?」
「愛とは執着心そのもの、つまり〈エゴ〉の本質だ。自分にとって最も執着のあるモノを、問答無用で顕現させる力といえばどうだい?」
執着心と聞くと少しだけ言葉に険が帯びてくるな。
直前にいい人じゃないと作れない〈結界〉の話を聞いたから、反動まである。
「優しい力ってわけじゃ、ないのか?」
「世の中には歪んだ自己愛やら、偏狂的な愛もあるだろう? ろくなもんじゃない」
ストーカーのような迷惑な愛とかもあるし一概に綺麗な言葉でくくる必要はないのか。
それにしても面妖な。
要は大好きなものや、こだわりのあるものをトリガーとして起動する何でもアリな大技ってことだろう。
「愛の形は様々だからね。使い手がどんな願望を持っているかで効果は違うよ」
「〈境〉の【覇界魔術】とは違うのか? 結界も、色々無茶ができそうだけど」
「結界は、一見万能のように見えるけど境界線で分ける以上、内外にルールを設ける必要があるんだよ。外から中に入れない、とか。外は危険だけど中は安全とか、認知上の区分けがね。そういった細かいルールを頭の中で作って維持するのは、そりゃもう大変な負担なんだ」
やっぱり〈結界〉ってのは大変な上に面倒くさそうな力のようだ。
「一方、〈魔法〉に制約はない。それこそ何でも実現できてしまう。だから時間を巻き戻すことも可能だし……その巻き戻した時間をやっぱり解除するとか、そんなズボラなことも〈魔法〉ならできてしまうだろうね」
そうか……俺は確かに夢の中で一連の悪夢を見たが、当然最後まで見届けたわけではなかった。
夢の中のアイツは『何度でも巻き戻す』とか言っていたし、俺が知っているのとは単に違う手順で結末を迎えただけなのかも。
(どっちにしろ、めちゃくちゃな力だ)
「ほら、あの浮遊島から滝となって無限に出てくる湧き水があるだろう? あれも空気中の水分を集めてるとかじゃないんだ。文字通り、あそこから無限の水が出てくるようにと〈魔法〉で指定されて創られたんだよ。だから王都は魔法都市って名前が付いてるんだ」
あの永久水源は、〈魔法〉で創られたものだったのか!
「すごいな! その力で国が潤ってるんだから、最初にやった人は英雄じゃないか! みんながそんな魔術師になれたら世界中が栄えそうだけど」
「いや、魔術師じゃない」
「ん?」
「魔術師は魔術しか使えないからね。あの永久水源を創り出したのは、別人だよ」
「あれ? えーと、じゃあ誰が……?」
「――〈魔王〉さ」
その一言にどきりとなる。
「人間族の〈魔王〉があれを創り出したんだ。もっと言おうか?〈魔法〉というのはね……人間では使えない。それは魔王専用の技なんだよ」
「なっ!? う、嘘だろ……? 」
驚愕するこちらとは別に、師匠のまとう雰囲気はどこか冷めたものに変わった気がした。
それまではノリノリで講釈していた様子はナリを潜め、その眼光には厳かなものが感じられる。
それは長い時を生きてきたエルフ……いや、彼女だから放てる威圧感だったのか。
質問というよりは尋問といった体で、俺の顔をのぞき込んできた。
「だから時間を操る技なんていうのは〈魔王〉しか使えないはずなんだが……勇者くんはどこでそんな力を目撃したのかな? いや、目撃という言葉はおかしいよね。だって本当に時間が戻ったのなら……そんなの、知覚できる当人にしか分からないもの」
「う……あ……」
「今更方便でしたなんて言うなよ? あんたの目が嘘を付いてるかどうかぐらい、あたしには分かるんだ。こと、魔術に関しちゃ……質問した相手がまずかったね」
妖精大公イオルメリア。
大公の名が示すとおり、その序列は王と限りなく同等か次の爵位だ。
妖精族の〈魔王〉は魔術を創り出したことで〈源流〉と呼ばれ、魔の根幹として崇められているという。
ならば王に次ぐ存在……大公である彼女は、その域に最も近い存在ではないのか。
世界に一人しかいない黒髪のエルフは、いまや漆黒の意思を体現するように俺に真実の説明を求めてきていた。
「事件現場に勇者くんが駆けつけたときは何事かと思ったけど。何があったんだい?」
俺は観念しながら、師匠に夢の中の出来事を話した。
自分が二重人格の殺人鬼で、おぞましい化け物なのだということを告白して。
最後まで黙って聞いていた師匠は、俺の説明を聞き終えるとうんうんと頷いて見せた。
「把握したよ。なかなか面白い話だ。けど所詮は夢の中の出来事なんだろう?」
「いやだからっ、実際に殺人事件が起きてて!」
「勇者くんはさ、この金貨がどんな形に見える?」
「は?」
いきなり金貨を目の前に突き出され質問される。
こんなときに何言ってんだこの人は。
「丸く見えますけどっ?」
「そうお? あたしには長方形に見えるんだよね。ほら、こうして水平にして眺めると」
丸い金貨を水平に傾けられると、その形は一文字……確かに長方形として目に映る。
「冷静になって見方を変えてみようじゃないか。夢の中で犯した殺人が現実に起きているのではなく、現実で起きた殺人を夢に見ているのだと」
「えっ……」
「物事は側面から見ることが大事だと教えたはずだよ。偏った視点に囚われていては、人はたやすく正義に感染してしまうからね」
確かに……
精神的に参っていて、冷静になれていない自分がいたかもしれない。
「よし、じゃあ一度寝てみなよ。試してみようじゃないか」
「試すって?」
「もしも寝てるあんたが、本当に化け物に変身したら……あたしがこの場で殺してあげる。弟子の不始末は師匠が付ける。当然だろう?」
「……っ」
本当に俺が化け物で……犯人なら、次に暴れる前に殺してくれる。
究極の選択を強いられ、命の覚悟をせねばならない展開に、それでも俺は頷く。
「わかった」
俺は決意してベッドに潜り込む。
この睡眠が自分の人生の最期。死に至るものだと思うと恐怖がかけあがってきた。
(こんなんで寝れるのか? 俺は)
化け物にもなりたくないし、死にたくもない。
当然のように芽生えた感情は、俺を落ち着きから遠ざけ神経が高ぶるのを感じる。
(くそっ、くそっ、嫌だ……死にたくねぇ)
殺されるのが前提の試み。冷静でいられるはずがない。
胸の中がかき乱される中、俺の額に冷たい手の平が乗せられたのは次の瞬間だった。
「ぁ……」
「昔はよくこうしてやったろう? ……大丈夫。こっちはあんたがガキの頃から世話してるんだ、あんたにゃ尻尾の一つも生えちゃいないよ。安心してお眠り」
師匠のたったそれだけの言葉で、俺の心は落ち着きを取り戻していく。
国を追い出された俺を幼少の頃から面倒見てくれた彼女は、育ての母そのもので……その慈しむ眼差しには、深い安堵感があった。
俺はまぶたを閉じると、深く深く意識を沈ませていった。
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