第21話 魔術と魔法①
◆
「あ、ようやく帰ってきたなコイツ~」
部屋に戻ると、貴賓室には酒瓶を片手にした師匠が残っていた。
「ったくもぉ。どこ行ってたんだい、あんた」
「例の事件現場。んで、ちょっと師匠に聞きたいことがあるんだけど」
「あ~に~よ~?」
ソファーでくつろぎ、高級そうな酒をあおる師匠。
床には高級そうなボトルが既に何本も転がっている。酔ってるのだろうか?
「時間を操る魔術ってあるのかな?」
「時間~? たとえばどんな風に? 時間の流れを止めるとか?」
「たとえば時間を巻き戻した後、結局その巻き戻した時間がなかったことになるみたいな」
「なんじゃそら」
うん、言ってて俺も意味がわからん。
「まあ可能か不可能かってことなら、不可能ではないかな。ただ説明するのが嫌というか」
「そこをなんとか、魔術の仕組みを教えてくれないか?」
「ああ? どったの? 昔あんだけ意味ないからやめときなって言ったのに」
「いや、自分が魔術を使えないからって無知でいるのは良くないと思ってさ」
「別に魔術なんて知らなくても生きていけるって」
教え渋る師匠にだめ押しに尋ねる。
「あと、〈魔法〉のことも。〈魔法〉と魔術ってどう違うんだ?」
その言葉に反応し、師匠は目を見開いた。
「――〈魔法〉? どこでその言葉を聞いたの?」
「聞いたも何もみんな知ってるよな? レスは魔法王国だし、イシュガリスは魔法都市。いままで意識してなかっただけで、その言葉は平然と使われてた。だけど、意識して違いを考えたことはなかったというか……」
「チッ……。何でスイッチが入ってんだ。その気づきは、意識の領域外にあるはずなのに」
何やら不穏なことを、ぼそぼそと忌々しそうに漏らす師匠。
「知ってるのなら教えて欲しい」
「あーはいはい、いいよ。別に大して秘匿することじゃあないからね」
酔いなど一瞬で冷めたのか、師匠は真面目な顔になるとどこからともなく巨大な黒板とチョークを取り出し、講義を始めてくれた。
「一般的に魔術というのは〈エゴ〉を用いた技術なの。体内にある〈エゴ〉を体外に放出して、起動させることで効果がでる。ここまではいいね? で、どんな風に起動させるかって話なんだけど、これは要するに心の所作なわけよ。複雑なエネルギーを、心の傾向に乗せて操ってるわけ」
「その心の傾向っていうのは?」
「自分の心を外に放つ【
覇界と自界、か。
まさに性格そのものだな。外向的か、内向的かの違いだ。
パッと思いつくのは、社交性のある明るい人は覇界魔術の使い手で、引きこもりで静かな人は自界魔術の使い手ってイメージだ。
「そしてそれぞれに四系統がある。心の変化すなわち〈燃〉、〈操〉、〈波〉、〈境〉。これが【覇界魔術】と【自界魔術】の双方にあって合計八種類の魔術があるってことだね」
「覇界と自界は分かるんだけど、その燃とか操ってのはよくわかんないな」
「既に見たことがあるはずだよ? 〈燃〉の覇界は、氷炎。自分の熱量を外に具現させることで発火現象を引き起こす。【ファイアボルト】がまさにこれだ」
いわゆる火炎魔術は燃えたぎるイメージを外に放ったものってことでいいのか?
なら氷は心の冷めた感情を、そのまま投影するってことか。
「逆に〈燃〉の自界は、闘志。物事へのやる気、継戦能力を発揮し、多少のダメージではひるまないバリアをまとうんだ。対魔術師戦はこれが使えないと話にならない。溢れるぐらいの闘志はそれこそ闘気となって身体から炎が立ち上ってるように見えたりするよ」
「炎が立ち上る……?」
それって、夢の中で俺の全身を覆っていたやつか?
あれほどの闘気なら、高高度から落ちてもビクともしない頑丈さを得られるのか。
「火炎の術が浸透してるせいで、〈始原の炎教会〉がよりシンボリックになっている側面はあるんだよね」
なるほどな。
確かに発火の魔術は、生活する上で欠かせないものだ。
料理に火を使うのも夜の暗がりを灯すのにも、一番使われている魔術といえる。
確かに〈燃〉というのが心の燃えるイメージってのは分かった。
だから教会の教えが普及してるってのも納得だ。
「次に〈操〉の覇界、これは
恐らく念力みたいなのも〈操〉の系統なのだろう。
自己暗示ってのは「俺ならできる」とスポーツ選手が試合前に自らに掛けたりするアレのことだから分かりやすい。
「……姉さんが国民の感情を抑えてるのは、〈操〉の覇界ってわけか」
「そういうこと。三つ目に〈波〉の覇界だけど、これは共振。心の波長を合わすことで戦場での士気高揚や、遠方にいる相手に連絡が取れる通信手段として使われる。単純に空間を揺さぶったりもできるしね」
「通信!? 連絡のやりとりは手紙とか早馬じゃないのか!?」
「そりゃあんたら魔術の使えない
マジかよ。
こんなおとぎの国のくせに、既に情報化社会は始まっていたのか。
(だから黒騎士は、諸国の代表が国から出てこないって知らせを聞いてたんだな)
「そして〈波〉の自界は、
和凪とは、海で風が吹かずに水面が静かな無の状態を指すらしい。
まさに心の荒波を立てない、といったところだろうか。
「そして四つ目に〈境〉の覇界、これこそが結界だね。よく個室の内装は当人の心の現れなんていうだろう? でもこの力は、指定した地形に〈無我の境地〉を発生させるわけ。実は〈エゴ〉の強い魔術師が貴族と言われる所以は、これが使えるかどうかなんだよね」
「無我の境地を、発生……ってどういうこと? それって普通はたどり着くときに使われる言葉じゃないのか?」
広義の意味では、一心不乱に物事に取り組む中で雑念を捨てた極致にたどり着くって感じだと思うのだが違うのだろうか。
「〈結界〉って俺のイメージだと、強力な自分ルールを押しつけた領域を作るイメージなんだけど」
「それだと無我じゃないじゃん? 〈結界〉にはね、自分が入らないのよ。つまり、他人のために滅私奉公の空間を作れる能力なの」
それじゃあまるで想像していたのと真逆の効果だ。
それに〈エゴ〉の強い魔術師しか作ることができないにもかかわらず、利己的なエゴイストじゃあ絶対に作れない矛盾を抱えているぞ?
「ノブレス・オブリージュっていうだろ? 私心を捨てて臣民を守るために力を発揮できてこそ、真の領主。〈結界〉を張れる奴ってのは大量の〈エゴ〉を消費しながら、自分以外の誰かために力を振るえる奴なんだよ。だから魔術師の力量としてはもちろん、人徳としても素晴らしいものをもってる証拠になるのさ」
実力があって、なおかついい人じゃないと作れないのが〈結界〉ってわけか。
なんだか親父と姉さんに対する尊敬の念が、一気に上がってしまった。
「貴族は二つの土地を持つわけよ。親の代から受け継がれてきた物理的な領地と、魔術で作り出す精神的な領地。この展開できる〈無我の境地〉の広さと強さで、爵位が決まると言っていい。男爵なら、せいぜいが半径1メルテルが限度ってところだね」
「その精神的な領地ってのは、具体的にどんな効果があるんだ」
「それこそ、いまこの国を覆ってる〈結界〉がそれだよ。外部からの攻撃を防ぐ、領域内では疫病や火事が絶対に起こらない、そんなわがままハイスペックなフィールドを形成してるのが王の〈エゴ〉ってわけ」
爵位で一番下の男爵で半径1メルテルなのに、王は国中を覆うってことか?
改めて王族の持つ莫大な量の〈エゴ〉に恐ろしいものを感じてしまった。
「最後に〈境〉の自界は、仮面。これは自分の心を線引きし、その時々において最適な仮面を付けるという力だ。一言で言えば変身だね。学生が制服を着たり、医者が白衣を着たり、着替えによって身分のオンオフを切り替えて意識の改革を行うのと一緒。魔術師の中でも騎士と呼ばれる連中は、この術で戦装束を創り出すよ」
仮面……と聞いて俺の脳裏をよぎったのは黒騎士アアルシャッハのことだった。
姉さんも姉さんで、俺にとっては女神のように優しい姿を見せてくれるが、俺以外の前では彼女も全く別の顔をしているのだろう。
「これら心の四系統は、自然界の四大元素……火、水、風、地に該当される。火はもちろん〈燃〉だし、水は本質はそのままに自在に形を変えるから〈操〉、風は流される大衆心理を象徴するから〈波〉だし、地は地盤を区分けするから〈境〉だ」
「なるほど。んで、時間を操る魔術が入ってないようだが……」
〈境〉の【覇界魔術】……結界が、自分に有利な環境を構築できるというのなら、時間を巻き戻すフィールドも形成できそうな気がするがどうなのだろう?
「うん。魔術では時間の操作はできないね、だからそんな芸当ができるのは魔術ではなく……〈魔法〉だ」
〈魔法〉……ついに出たか。
師匠の語り口と、夢の中のもう一人の俺……いや、アイツの言いぐさからして、なんとなく魔法は魔術の上位版のような印象がある。
「さっき魔術は火、水、風、地の四系統だといったけど。魔法に関しては違ってね、これはそれとは別の第五の元素を使う」
第五の元素とはなんだろう?
時間? あるいは光や重力とかだろうか?
「第五の元素、それはね……」
師匠は満面の笑顔で言葉を続けた。
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