第19話 力を持つ者のなれの果て

   ◆


 俺は王城の書斎へと訪れていた。

 周囲に人はおらず、部屋の中を一人でコソコソと物色していると何だか悪いことをしているような気がしてくる。

 しかし調べごとをするのに、最適な場所はここしか思いつかなかったため、俺は本棚や引き出しを漁りまくっていた。

 あれから兵士はさらに動員され、事件の調査に乗り出たという。

 幸か不幸か城の兵士も大勢駆り出されたおかげで、書斎の前に兵士がいなかったのは救いだった。


(何やってるんだろうな……俺は)


 書斎から夢遊病や精神病に関する本を見つけるが、俺の期待するような記述はほとんどなかった。

 時間だけが無駄に経ち、いまでは正午を回っている。

 蒸し暑い書斎の中で額から流れる汗をぬぐい、走り書きしたメモを改めて見る。 


 精神病の本を見つけ、唯一関心を引きつけられたのは二重人格の項目だ。

 つまり夢の中のあれは……

 俺の中に眠るもう一人の人格が目覚めたというケース。


 これに関しては、俺にある一つの仮説を立てさせた。

 もしも別の人格が〈エゴ〉を持っていたら、

 俺にも魔術が使えるのではないか? と。


 異世界人の俺がこの世界固有の魂を持たないのは分かる。

 が、俺がこの世界で暮らす上で強いストレス……王室から追放され、不良よからずとして扱われることに強烈な圧迫感を感じていたのなら……知らず知らずのうちに、抑圧された人格が産み落とされていたのではないか?


 それならばこの世界で誕生したことになるし、新たに〈エゴ〉を宿していても不思議ではないような……気もする。


 一方、地理に関する本からは興味深い結果が得られた。

 王城を囲む盆地、そして裏山。

 あの位置に、徒歩で短い時間でたどり着くのは不可能だ。


 俺が城の庭園で頭痛にさいなまれたとき、まだ日は沈みきっていなかった。

 そして俺が山の中で目覚め、空高く跳躍して見えた地平線は……それほど暗くはなかったような気がする。

 夜ではあったが、真っ暗闇の深夜ではなかったのだ。

 常識で考えればあの時間、俺があの裏山にいることは不可能なのだが……それでも常識という括りが意味を成さないのは、俺が一番よくわかっている。


 全ては、言い訳。

 俺が犯人であって欲しくないという願望によるものなのだから。


「ん……?」 


 書棚から引っ張り出してきた本の中に、家系図をまとめた本があったことに気がつき、俺はそれを手に取る。


 そこには人間族の〈魔王〉を始祖とする、古代レクシオン王家の人物相関図がまとめられていた。

 長い伝統と人脈、結婚の歴史や国の成り立ちが一目で分かる。


 一方で目を引いたのは、蘇りし血族という不思議な文言だった。

 王家に連なるものは、死……もしくは冥界を司るあざなを人名に与えられるという。


 誕生と共に死にちなんだ単語を命名されるとは、なんだか矛盾した感じだ。

 アイデス、レーテシア、カロン。

 いずれも冥界を由来とする意味が込められているという。

 しかしユーシアという名前は、死に関係していないと書いてある。

 俺の名前は親父が命名したものらしい。

 だが冥界由来の伝統を廃した時点で、俺がすでに王族に相応しくないと考えていたのだろうか?


 王族の名にある一定の法則とは、死に由来した名前をもって生まれ、それが何らかの形で蘇ると信じられていたことだ。


(どういうことだ? 王族は産まれながらに、生きていないってことか?)


 その意味するところは、人間としての不自由さだろうか?

 お金と権力を持った家に生まれたからといって好き勝手できるわけじゃない。

 領地や国民を守る義務や結婚の相手だって、産まれながらに決まっているからだ。


(そう考えると俺って、ある意味……自由だったのか?)


 俺は次のページを何の気なしにめくり、そしてある文章を見て全身をこわばらせた。


「なんだ……これ……」


 蒸し暑い書斎の中、背中の汗がじっとりと流れていく不快感。

 けれど俺にたたきつけられた情報は、それを凌駕する薄気味悪さだった。


 それは代々の王族の晩年を、事細かに記述した項目。

 晩年……つまり、死に様である。

 自殺、廃人、事故死、失踪、無理心中。

 そこには蘇りし血族という文言にそぐわない、悲惨な末路ばかり書かれていた。

 まともな死に方をした先祖や親族が……ほとんどいない。


「冗談きついぜ……」


 人間の死ってのはベッドの上で安らかに得られるもんじゃないのかよ?

 少なくとも裕福な暮らしを保証されている王族が、どうしてこんなえげつない死に方を続けないといけないんだ!?


(失踪とか、これ……遺体が見つかってすらいないってことじゃないのか?)


 意外にも病死や暗殺、戦争で死んだ王族はまったくいない。

 つまり死因の多くは外的要因ではなく、当人の内的要因によるのだろう。


(本人が抱えていた心の問題……精神、つまり〈エゴ〉か)


 ゾクリと。

 急に〈エゴ〉というものが、薄ら寒く思えてきてしまった。


 魔術の源。

 魔力の総称のように扱われる一方で、それはファンタジーにありがちなマナとかエーテルと呼ばれる概念とは大きく異なる。

 プライドが高く傲慢な貴族ほど〈エゴ〉が強くなる一方で、心が折れてしまうとその力を失ってしまう性質もあるらしい。

 ただ消費して、一晩寝れば回復するようなマジックポイントとも全然違うのだ。


 そして常識として〈エゴ〉が強いとされる王族の末路は、不自然なくらい悲惨なものだ。

 どうも〈エゴ〉が強い=幸せとは結びつかないようである。

 実際、地球でもエゴが強い奴は幸福ではなかっただろう。

 主にたたかれる傾向があるというか……協調さが足りないとか、他者への配慮が足りないとかで、自己中心で嫌われ者の代名詞にもなっていたはずだ。


 本来なら、自分に自信があるほど〈エゴ〉が強くて優秀な魔術師になれるのに、それが死ぬほどの悩みに変わってしまうのは……どういうことだろう?


「誰かいるの?」


 と、急に部屋の戸が開かれる。

 とっさに持っていた本を隠すが、入ってきたのは城の主である姉さんだった。

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