第18話 神様のいない魔法世界
「とはいえ、私個人はレーテシア姫は下手人ではないと考えている」
と、いきなり黒騎士は姉さんからの嫌疑を晴らした言葉を吐き出す。
「は? 今度はなんだよ、いきなり手の平返して」
「レーテシア姫に王族殺しの容疑を着せているのは、法王庁の
異端審問局どころか、更にもっと上の機関が姉さんに嫌疑をかけていたのか。
王族の異端者である俺を処刑せず、追放で処分したのが気にくわないのだろうか?
「教会は王家と仲が悪いって言いたいのか?」
「我らが〈始原の炎教会〉も一枚岩ではない。教会には二つの教派が存在する。一つは
「魔王主義? 始祖である人間族の〈魔王〉を崇める派閥か?」
「それもあるが、ドラゴン族の初代〈魔王〉を崇めることだ」
「ドラゴン!? 〈白銀の時代〉を築いた、天使殺しの〈魔王〉をか? どうして?」
一万五千年前に、黄金の天使を焼き尽くしたいうドラゴン族の魔王。
まさに神話の存在だが、どっちかっていうと天使の方が崇める対象っぽいのに。
「はるか昔、凍てつく地上にドラゴンが吐き出した火こそ始原の炎だからさ。その始原の炎によって氷河期が終わり、天使の
「な、なるほど」
俺はてっきり〈魔王〉というのは自然災厄の擬人化と考えていたのだが、やっぱりどうも超常の個体がいたことを前提とした方が良さそうだな。
地上の氷河期を終わらせるファイヤーブレスを吐き出した最初のドラゴンこそが、一番偉いってわけか。
なんだか炎の巨人スルトが天界アスガルドを焼き尽くしたっていう、地球の北欧神話やら、プロメテウスが天の火を地上に与えたっていうギリシャ神話に似通った部分があるな。
そのあとにドラゴンの種族が地上を
「魔王主義は、〈魔王〉という概念への
「お、おおう……思いのほか筋が通ってるな」
「では妖精族はどうなのかというと、これも無視できん。魔術を最初に編み出し、ドラゴン族を駆逐したのは妖精族の〈魔王〉だからだ」
「えっ!? 魔術って妖精族が作り出したのか!?」
いや、よく考えてみれば当たり前の問題じゃないか。
どう考えたってドラゴンなんていう怪物に、小さい妖精が対抗できるわけがない。
それを可能とする力が魔術というのなら完全に納得がいく。
この魔術社会において、そりゃあ妖精族の魔王が信仰されるのは当然のはずだ。
「魔術の根幹を築いた源流を敬い、妖精族の〈魔王〉をも崇める……そうなると妖精族の直系はどうなる? という話になる。魔王主義は妖精族にも配慮し、アンヌンの森といった自治権を設け不干渉を唱えているが……拝火主義は彼らを非人間族と
つまり魔王主義は王侯貴族だけでなくドラゴンや妖精にも優しいが、階級社会や身分の差を重視している。
一方、拝火主義は身分の差を良しとしない人間の自由平等を訴えているが、非人間族を弾圧しろと訴えているってわけか。
理由は妖精族が人間族よりも魔術に長けているからだ。
彼らを容認すれば、魔術師としての技量が優れた者が権力を持つ社会をいっそう認めることになる。
イオルメリアが妖精大公と呼ばれ、人間社会でも名誉貴族として扱われているのも魔王主義の影響があるからこそなのだろう。
魔術の素養……〈エゴ〉の強弱による差別を良しとした貴族社会もクソだが、人間以外の種族を根絶しようとする社会も大概だな。
「現在、教会の法王は
「へ~え。それはそれは。なら法王
「フン、よせよせ。若い頃の奴は
こいつ。まがりなりにも部下のくせに教会の最高権力者に対して敬称もつけないし、奴呼ばわりとか、ものすごく
だけど、ただ単純にふてぶてしい言動かというとそうじゃない。
その恐ろしげな声音には明らかな変化があった。
何だかまるで親しい友人に見せるような遠慮のなさが
教会の法王はかなりの高齢のはずだが、まるで若い頃を知っているようなそぶり。
いったい、この黒騎士は何歳なのだろう?
「……お前も教会の人間だろ? お前の宗派はどっちなんだよ」
「さてな。私はどちらでもない」
黒騎士は肩をすくめると、空を仰いでみせた。
「仮に、この世に五千年周期で〈魔王〉という存在を出現させている何者か。その天の意思を形にしたような存在がいるのなら、それこそが畏敬すべき対象であろうよ」
「――神、か?」
「カミ? 初めて聞く言葉だな。カミ、ふむ……神か」
俺の言葉に黒騎士は首をかしげながらも、どこか納得した様子でその響きを受け入れた。
どうやらこの魔術社会には神様という概念や発想がないらしい。
教会で炎を崇めるといっても、いわゆる炎の神様とかそういうのではない。
ただの火だ。
日常生活における、普通の火をありがたく思って過ごしている。
とはいえこんな魔術万歳の世界で、霊的な信仰を持たないってありえるんだろうか?
俺が地球にいた頃は無宗教にも関わらず、夏のお盆や、秋のハローウィーン、冬のクリスマスに、正月には初詣なんかも行っていたはずだ。
つまり神様の存在なんて信じていなくても、知識としてそういう祭典があるのは知っていた。
それに人並みに迷信を恐れていたし、墓荒らしとかバチ当たりなことは止めようと心がける程度には……いわゆる神秘的な何かを認めていたはずだ。
別に大都会に限らずとも、未開の部族だって神様や精霊の存在を信じているはずだし。
むしろ霊的な信仰心というのは、何となく勝手に芽生えるものではないのだろうか?
だというのに、だ。
この魔術社会じゃ〈魔王〉という始祖伝説こそ信じられているものの、神という概念には思い当たらないというのである。
なんだかそれは……ひどく不自然な感じがした。
『文字通り手の平の上ってことだよ。ある程度なら住民の思想統制すら行えるからね』
師匠が言っていたことを何となく思い出す。
まさか全人類が誰かに思想統制されてるなんてことは……さすがにないよな?
「神、か。仮にそのような者がいるのなら、その者はきっとさぞや偉大で、恐ろしいほどに平等で、そして……残酷なやつなのだろうな」
「どうして、そう思う?」
「毎回、ぴったりと五千年ごとに破壊の化身を投下しているんだ。そんなものが自然発生であるはずがない。どういう気持ちで先行文明が滅ぼされていく光景を眺めているのか、貴様は想像が付くか?」
俺はふと、地球にいた頃に都市経営のシミュレーションゲームにハマっていたことを思い出した。
荒廃した土地を整備し、村を作り、インフラを整えて人口を増加させ、ゆくゆくは大都市として栄えさせていくというゲームだ。
時には竜巻や地震といった災害をもたらしたり、怪獣なんかを呼び出して町を破壊していくお遊びもあったっけ。
どうしてそんな破滅させるコンテンツがあるのかと、当時は思ったりもしたが……
「――砂場の城を崩す、子供みたいな感覚とか?」
「あるいは……逆に楽しんでいるかも知れんぞ。それを最高の愉悦と感じてな」
「……」
「話が
「めちゃくちゃ胸糞悪い計画だが、この俺にバラして良いのかよ」
「姫に私の声は効かなかったからな。当初の目論みはご破算というわけだ」
あっけからんと語ってみせる黒騎士。
逆賊として討伐するのなら、どうぞご随意にとても言いたげな態度だ。
少なくともこいつの話を聞く限り、拝火主義の連中に良い印象は持たないが、どういった思惑で告白をしてきたのだろう?
「とはいえ王侯貴族の怪死が続いているのは事実だ。そのことに対してレーテシア姫が潔白かというとそうではない。彼女は何らかの真実を知った上で事態を看過している……限りなく黒に近い灰色なのだよ」
「俺は信じられないけどな」
「姫の様子は尋常ではない。数年前まで人並みの魔術師でしかなかった彼女が、いまや晩年のアイデス王を彷彿とさせる桁違いの〈エゴ〉を身にまとっているのは不自然だ」
「才能があったんだろ」
「ならば尋ねるが。そこのえぐれた石畳を見たな? あれは空高くから何かが降下した衝撃で生まれたものと推測するが……なぜ〈結界〉が機能していない?」
待て。
どういう意味だ? 〈結界〉が機能していないだって?
「外部からの攻撃を守るはずの〈結界〉が、その都市防衛機能を果たしていないのはなぜだ? 〈結界〉が〈エゴ〉で作られているのなら当然知覚できたはずなのに、姫は外から飛来したものに対し、それが攻撃ではない……もしくは敵ではないと認識していたことの証明なのだ。結果としてそれは誤認だったのだが、なぜ誤認になったのだろうな?」
「そ、それは……」
「気をつけることだ、ユーシア・レス・レクシオン。貴様の姉君は、何か秘密を知った上で隠している。そしてそれこそが……彼女を強くたらしめる〈エゴ〉なのだからな」
黒騎士アアルシャッハはそう言うとその場を去って行った。
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