第17話 残留思念のエゴ調査

 黒騎士は話題を変えて俺を向き直る。

 その眼差しは兜越しで相変わらず分からなかったが、なんとなく目つきが変わっているようなそんな気がした。


「貴様は王子として王位継承戦にでるのか?」


「なんで? 出ないけど?」


「野心はないのか? いまなら国王に即位できるかも知れんぞ」


「だから何でだよ」


「カロン公爵が死んだ。いまなら繰り上がりで当選するのは貴様だからだ」


「えっ……」


 公爵の死。その言葉を改めて突きつけられると衝撃が駆け抜ける。


「ここに転がっていた死体だが、検分したところアケロニアの紋章が刻まれた指輪が見つかった。まぎれもなく公爵のものだ。他に特徴のあるほくろが付いた下顎も落ちていたしな」


 下顎が落ちていたって……どんなグロテスクなありさまだったんだよ。

 ちょっと想像したくない現場だな。


「散らばっていた肉片の量から、他にも成人五人ほどが犠牲になったと推察される。平和な王都にしてはあるまじき事件だな」


 こいつは、親父の時も同じように検死でもしていたのだろうか……?


「私は人よりも多くのものを知覚できる。残留思念ざんりゅうしねん……見に見えない〈エゴ〉の痕跡を読み取り、一連の事象を時間軸に沿って推理することが可能だ」


 残留思念?

 それって、空間に残された人間の感情や記憶ってやつか?

 人間誰しも思い出の場所に足を運ぶと、ふっと忘れていた昔のことが湯水ゆみずのように沸いて出てくることがある。

 それは単純なノスタルジーだけでなく、思念そのものが空間や地域に取り残されていて、それに触れることで思い出されるらしい。


「あの~、さ。素朴な疑問なんだが、どんな風に見えてんだ? そういうの」


「香水の残り香を視覚化しているといえば想像がつくか? 思念の残滓がぼんやりと煙のように見える。それに触れれば、イメージとして情景が浮かんでくるだけだ」


 心を砕く魔声なんかなくても、十分すごくないかこいつ?

 というか強面こわもてのナリして香水って例え方が、妙に女性っぽいな……。


「気になるのはもちろん犯人だ。そして、その手法もな」


 ごくりと喉が鳴る。

 こいつが有能なら、その犯人はすぐに言い当てることができるんじゃ……?


「まず公爵の死因だ。これは何か強い力で引き裂かれているな。死因は失血死。まるで猛獣に襲われたかのようだ。同じく、物理的な力でたたきつぶされた遺体が二つ。では動物が犯人か? と考えるとあちらの壁……血のシミが気になる。いかな獣といえど、人を吹き飛ばすほどの膂力りょりょくはそうあるものではない」


 黒騎士は逐一指を指し、殺人現場の詳細を説明していく。


「次に魔術だ。これは……恐らく火炎魔術で燃やされているな。炭化した公爵の遺体がある。指輪もその炭に残っていたものだ。次に、溺死したと思われる遺体が四つ。大量の水圧で押しつぶされ、内臓を破裂させながら陸で溺れたようだ。それほど大量の水があった痕跡はなく地面もすでに乾いているが、水の魔術が使われた形跡だけは不思議と残っている。そして公爵も、存命のうちに同様の手段で攻撃されているな。さらにその後、また別の火炎魔術で公爵は焼かれているな。同時に三人、他の者も殺されている」


「……。……んん? あー、なんかさ。お前少し変なこと言ってないか? そろばんが合わないというか。公爵と兵士、死に方と遺体の数が合ってないぞ」


「公爵はそれから逃げ出したところを頭を踏みつぶされている。他の兵士も同様。さらにそのあと、今度は応戦しようとした公爵と兵士を何らかの方法で圧縮して潰しているな」


「??? ……すまん、ワケが分からないんだが。公爵何回やられてんの?」


「私は残留する〈エゴ〉の痕跡を読み取り、時系列順に話しているに過ぎない」


「つまり?」


「私の解析では、公爵と兵士は殺され……それからなぜか再び殺されているということだな。何度も別の方法で。何度も何度も何度もだ」


「……ッ!」


 ぞくりと怖気が駆け抜ける。


「理解が及ばん。まるでこの区画にだけ、並列世界が大量に発生したような乱痴気らんちき具合だ。自分の検分が間違っていると認める方が楽だが、こんな真似をできる猛獣がどこにいる? 犯人は獣ではありえない。殺ったのは恐ろしいまでの狂気と執着……尋常ならざる〈エゴ〉を持った人間だ」


「公爵を殺したのは凄腕の魔術師って言いたいのか……?」


 すごいな、こいつは。

 時間が巻き戻されているところまでぼんやりと言い当てたのはすごい。


 でも犯人は違う……公爵達を殺した……この俺なんだよ……っ 


「そして……有力な対抗馬が死んだわけだ。ライバルが不在なほど、貴様に有利になる。さて、そんな有利な環境を作り出しているのはどこの誰だろうな?」


 急に不穏なことを言われ、俺は眉をひそめる。


「……なんだと?」


「レス王国は巨大な版図を抱える王国だ。その国王が死んだ以上、自らが次期国王だと名乗り出る者は大勢いるだろう。先王陛下には九人の兄弟と三十八人の従兄弟がいたが、王位継承戦が始まってしばらく経つのに、候補者の集いが悪い……奇妙ではないか?」


「回りくどいな。はっきり言えよ」


「王侯貴族の不審死は今回が初めてのことではない。長年、事故死や自殺、理由の分からぬ怪死が相次いでいる。法王庁はこれを王族専門の暗殺者による連続殺人と睨んでいてな。王位を簒奪さんだつしようとする邪悪な下手人が暗躍していると考えられている」


「王族専門の暗殺者!? 誰が何でそんなことを!?」


 俺の部屋がやたらとセキュリティが高かったのを思い出した。

 もしかしたら姉さんはその暗殺者を危惧してあんな部屋を用意してくれたのだろうか?


「理由は不明だ。だが、国王を亡き者にした犯人が同じ事を親族にもやっていると考えられないか?」


「お前なぁ……ッ」


 まさか、姉さんが親族を殺しまくってるとでもいいたいのかよコイツは。


「姉さんが犯人なわけないだろ!」


「証拠でもあるのか?」


「馬鹿。ンなもんねえよ。けど俺は見たんだ。公爵は俺がこの手で……っ」


 そこまで言ってから、言葉を飲み込む。

 待て待て。

 俺は何を言おうとしてんだ?


「――続けてくれ。俺がこの手で……何だ?」


「あ、いや……。何でもない! 悪い、忘れてくれ」


 俺は深くうなだれてしまった。

 そんな俺に黒騎士は言葉を続ける。


「あるいは、貴様がこの国を去れば……殺人は止まるかもしれんな」


「なんだと?」


「事実だけを述べれば。国王アイデスの崩御を機に、貴様が王都に召還された。そしてその短期間の内に諸国の公爵が変死するようになった。王位継承戦にのぞもうと国を出た者が途中で自殺や事故死をするようになり、今回王都にたどり着いた公爵もまた何者かに殺された。いまでは死ぬことを恐れて諸侯達は自分の城に閉じこもっているそうだ。そうしてライバル不在のまま、王都には追放された王子が一人。さらに監督役に名乗り出た王女は、弟をひどく可愛がっているらしい。これは偶然か?」


「……」


 仕組まれたような状況だが、確かにこいつの見解は無視できるものではない。

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