第15話 犯人は現場に戻る

   ◆


 王都の上層街はたくさんの野次馬でごった返していた。

 本来なら貴族でなければ闊歩できないエリアを、下層街の人々が埋め尽くしている。

 師匠の言葉を借りるなら、起きるはずのない殺人事件が起きたのだ。

 物珍しさに人が寄って来るのは、仕方のないことだった。


 初めて訪れた街並みは、やはり奇妙なくらい見覚えがあった。

 人垣をかき分けて進むと、えぐれた地面が目に映る。

 クレーター状に陥没した石畳は、夕べ俺が空高くから落ちてきたときの痕跡だ。

 脇の家屋に目をやれば、腕の一振りで吹き飛ばされた兵士の殺害跡が目に入る。

 壁にたたきつけられ、潰れたトマトのように感じたあの感覚。

 遺体こそ回収されているが、壁に飛び散った血潮はいまなお血生臭さを放っていた。


(夢で見た、殺人の光景と……一致している)


 俺が……殺ったのか?

 白昼夢のまま、夜な夜な動き回る猟奇殺人鬼。

 文字通りの意味で、精神分裂を起こした怪物。

 それが俺の正体だったのだろうか?


(ありえない、そんなの嘘に決まっている……!)


 普段なら滑稽な出来事だと一笑に付すことができただろう。

 だけどこの世界は、ありえないことが起きる魔術の世界で……。

 夜通し見ていた凶暴な悪夢が、俺の隠れていた欲求だったと否定できないのだ。


(もっと、もっと確かめなきゃ)


 目をつぶり、夢の中で見た光景をもう一度脳裏に反芻はんすうする。

 近くの建物の屋根はどんな形だった?

 街灯の位置はあの辺にあったよな?

 たしかこの道からは、遠くに尖塔も見えたはず。

 よし、確認だ目を開けるぞ……。


 そうして目を開き、再び視界に入ってくる情報。

 それは……不自然なほど、いま頭の中で描いた光景と完全に一致していた。


(ちくしょうっ、一緒だ……同じ景観をしていやがる)


 もはや疑うことはできなかった。

 どうして夢の中の殺人が現実に起きているのか。

 理由がわからぬまま、俺の心は混乱と罪悪感でかき乱される。


(くそっ、くそっ、こんなふざげた話があるのか!?)


 俺が……俺が、あの兵士達を殺した犯人だっていうのか!? 

 否定を求めて自問する。

 だが、心では拒絶したいと思っているにも関わらず――

 目の前に広がる圧倒的な現実が、それ以外の選択を許さなかった。


 ただ違うのは、夢の中の俺は時間を操り……それらの痕跡を消し去っていたことだ。

 殺された兵士達は、不思議な力で蘇生され再び殺されていたはず。

 兵士達は空間を圧縮する技で、無惨な肉塊にまとめられたはずだった。

 それがバラバラの遺体で見つかったというのはどういうことだろう?


「あの、ちょっとすいません」


 俺は現場を封鎖している兵士の一人に話しかけてみた。


「何だお前は? 市井の人間がこんなところに来るんじゃない。散った散った」


「いや、ちょっと聞きたいことが……」


「見て分からんのか。取り込み中だ!」


 とりつく島もなく、現場からたたき出されそうになる。


「待て! その御方をどなたと心得る!」


 と、不意に横から声が掛けられる。

 振り返ると、そこには屈強な体付きの男がいた。


 その男に対して周囲の兵士は敬礼を取る。

 ここの部隊の隊長だろうか?

 そんな風に思っていると、俺より一回りも体格のでかい男は、周囲の目をはばかることなく俺の前で膝をついた。


「多大な無礼、平にご容赦ください。ユーシア様」


 ざわっと、周囲が騒がれ俺も驚きで目を丸くする。

 だがこの大柄な体格は、確かに見覚えがある人物だった。


「……あ、もしかして昨日執務室にいた近衛の人か!?」


 姉さんの執務室にいた、王室近衛の二人組の片割れ。

 黒騎士の声に発狂し、衰弱していた兵士の男性だった。


「ハッ。さくじつはユーシア様御自おんみずら介抱してくださり、感謝の言葉もありません。警護を放棄し、姫様をお守りできなかったこと汗顔かんがんの至りでございます」


 青い法衣を着てなかったから分からなかった。

 とはいえ近衛兵が現場の部隊を率いているというのは、どういうことだろう?


「あんたがここにいるってことは姉さんもここに?」


「いえ……。いまは近衛の任を辞職し、一兵士として現場の調査を行っております」


 あらら、辞めたのか。責任感強いな。

 近衛の兵士としては昨日のあれは相当なショックだったんだろうか……。


「何も辞めるこたぁないだろ。相手が悪かったんだって。姉さんも責めないと思うけど」


「いまの私は、昨日までの力を……〈エゴ〉の大半を失っておりますゆえ。姫様の警護などとてもできぬほど弱くなってしまいました」


「力を失うって……マジか。大丈夫なの?」


 この魔術世界で〈エゴ〉能力の弱体って。

 それってしゃれにならない脅威じゃないのか?


「これは私自身の問題……魔術師の特性のようなものです。お恥ずかしながら、私はこれまで王立アカデミーを首席で卒業し、王室近衛に付くほど自らを研鑽けんさんしてきたと自負しておりました。が、それが浅はかな自惚うぬぼれだったと気がつかされたのです」


 自慢のような語り口は、まるで懺悔ざんげのようだった。


「……恐れながら、私はユーシア様のことをみくびっておりました。この魔術社会において王族といえど〈エゴ〉のないユーシア様は、近衛の私がかしずくに値しない御方だと……そう判断をしていたのです」


 いきなり心情を吐露される。

 だから昨日、声かけても目を合わせてくれなかったのね。


「その線引きは自分なりの、魔術師としての矜持きょうじでありましたが……私は法王庁の黒騎士に心から屈し、幼子のように泣きじゃくるしかできませんでした。一方、ユーシア様は〈エゴ〉などないもかかわらず毅然と姫様の隣に立ち、あまつさえ内心見下していた私どもを介抱してくださった……。私は、己の驕慢きょうまん卑小ひしょうさを恥じたことで〈エゴ〉を……力の根源を失ってしまったのです」


 プライドの高い貴族は、自らの過失を絶対に認めないと言う。

 もしかしてそれは、魔術師としての力量が揺らがないためだったのか?


 文字通りエゴは、当人のアイデンティティそのものらしい。


「相方であった近衛がいまだ療養中の中、私は自らの不敬をレーテシア様に告白し、極刑を望みました。しかしレーテシア様より、慈悲深く生きよと命じられここにおります。ゆえに、この身はいま一度ユーシア様に裁かれるために参上を……」


「だーッ! いいってそんなの! あんたがメチャクチャ堅苦しい奴なのはよぉく分かったよ。見下されるなんて慣れっこだし、全部チャラにするからとっとと顔を上げてくれ」


 それまで修行僧のように苦渋に満ちた表情を浮かべていた男は、まるで天啓でも得たように瞳を輝かせ始める。


「おおぉぉ……。なんとっ、なんと慈悲深い御方か。この身、改めて両殿下に忠節を……」


「まじめか! 悪いと思ってるなら事件の現場を調べさせてくれないかな?」


「ハッ! どうぞご覧ください。おいお前達、さっさと道を空けろ! この方への非礼は国辱こくじょくとわきまえよ」


 男の合図で周囲の兵士達はサッと道を作る。

 意外だな、元近衛とはいえ降格した兵士のほうが権力を持っているなんて。


「あいつ、〈エゴ〉が弱くなってんじゃないの? 力関係がよくわからないな」


 隣にいた兵士に尋ねると、兵士が首をふるって見せた。


「元近衛の隊長殿には、レーテシア様とユーシア様、両殿下への忠誠という〈エゴ〉が新しく宿ってますからね。そのポテンシャルを判断しての評価ですよ」


 砕かれた自尊心は、自分を見つめ直すことで新しい力となるのか。

 相変わらず魔術師のことは分からないけど、その辺はどこの世界も変わらないのかもしれないな……。

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