第14話 思想統制された支配地

「それにしても、師匠はすごいな。魔術が嫌いなのにそういう仕掛けに気がつけるなんて」


 〈鋼の妖精〉の二つ名どおり、師匠は自分で魔術を使うことを好まない。

 しかしそれは自分で使うのを嫌がるだけで、他人の使った魔術に横から介入するとか、解析するといったことには驚くほど長けていた。


「嫌いなのとできないのとは、全くの別だからね。魔術への造詣ぞうけいであたしに勝てる奴なんて、この世にそうはいないよ。……さっき【遠見の術】がこの部屋に掛けられてるって言ったでしょう? あたしぐらいになると、その術を逆に応用してさ」


 にししと子供っぽく笑う師匠は、人差し指で何もない空間を一文字に切り裂く。

 すると、空中に引かれた線がまるで瞳のように上下に開かれ、こことは違う別の光景が映しだされた。


「うお。すげえ……これ、城下町だよね?」


「王都全体に、お姫ちゃんの〈結界〉が張られてるからね。あの子が監視してる町並みを、こうしてのぞき見できちゃうのだ」


 部屋に作られた瞳……

 師匠が作った不思議なディスプレイからは、城下町で賑わう大道芸人や、劇場での一幕が見られる。

 それはまるでテレビのようで、俺にとって懐かしさを込み上げさせた。


「これ、ずっと置いておいてよ。部屋の中で過ごすとき良い暇つぶしになる」


「いいけど、女湯とかはのぞかせないからな」


「のぞかねーし、見ねーよ!」


 それにしても師匠は気になることを言ったな。

 姉さんが城下町を監視しているって?


「国王代理がわざわざ町を監視してるの? 兵士にやらせれば良くないか?」


「この王都は〈結界〉に覆われているだろう? その〈結界〉がお姫ちゃんの〈エゴ〉によって構築されている以上、言わば王都は彼女の意識下にあるってことさ」


「意識下ってのはどういう意味? 監視とはまた違ったニュアンスに聞こえるけど」


「文字通り手の平の上ってことだよ。ある程度なら住民の思想統制すら行えるからね」


 思想統制?

 まさか情報の偏向報道? いや、魔術なら集団催眠だろうか?

 そんなこと姉さんがするとは思えないが。


「たとえば城下町の様子を見てごらんよ。国王が急逝したってのに、人々はお祭り騒ぎをしてる。遺言とはいえ、おかしいと思わなかった?」


「え……」


「単身で他国を征服しまくってきた偉大な覇王が、ぽっくりと事故で死んだってのに、どうしてドンチャン騒ぎができるのさ? 次期国王を決める継承戦が行われるから? ……あり得ないね」


 確かに言われてみればそうだ。

 先王の偉業を知っていれば知っているほど、その王が死んだときの衝撃は計り知れない。

 なまじ親父一人の絶大な力と、カリスマで成り立っていた版図拡大だったのだ。

 このお祭り騒ぎが遺言だったと姉さんは言っていたが、常識で考えれば国を挙げての葬式……民衆は悲嘆に暮れるはず。

 いや、悲しみどころかもっと酷いことになっていたかもしれない。

 無血開城で制圧した他国が、これを機に反旗を翻すこともあるはず。

 というか、それぐらい国中が混乱するのが普通なのかも。


「答えは簡単。王亡き後、民衆がパニックにならないよう……お姫ちゃんが民衆の心をコントロールしてるんだよ。〈結界〉の中ではね、そういうことも可能なのさ」


 先王の突然死による、パニックを防ぐため。

 そう言えば聞こえはいいが、思想や感情の制御ってのはどうなんだ?

 もしもそういうことを平時から行っていたのなら、民衆は王家の操り人形ってことにならないか?


「みんな楽しそうにしてるだろ? それが、与えられた感情とは知らずにね」


 城下町の景色に映る、浮かれて楽しそうにする人々。

 彼等を見つめる師匠の瞳は、少しも笑っていない。


「じゃあ、国民のみんなは姉さんの奴隷ってこと?」


「そこまで大げさなものではないかな。たぶん犯罪心理の抑制くらいだと思うよ。暴動を起こさない、盗みを働かない、人殺しをしないとかね」


(犯罪の抑止? それならいいが……いや、まてよ? 昨日は憲兵が街中で【ファイアボルト】の魔術をぶっ放そうとしてたぞ、本当に効いてんのか?)


 と、そこまで考えてからハッとなった。

 魔術の無効化……つまり、鉄の刀と鎖のせいだ。


 俺とリリーシェの二人が近くにいたせいで、〈結界〉の持つ犯罪抑止効果が忌金属ききんぞくで中和されてしまったのかも。


「実際のところ王都の治安は良いと評判でね、これだけ大きな街なのに犯罪件数がほぼゼロってのは奇跡に近いんだよ」


  犯罪件数ゼロ。

 たしかにそう聞くと、思想の制御やパニックの抑止は素晴らしいことなのかもしれない。

 とはいえ、完全に腑に落ちない部分があるのも事実ではあったが。


「っと。お? なんか騒ぎがあるようだね」


 そう言って師匠は、改めて瞳から見える遠方の景色を注視する。

 そこには井戸端会議をする奥様方の様子があった。


『お聞きになりました? あの館の壁! 壁面が真っ赤で、周囲は血の海だったそうよ』


『ええ! ええ! それにあの石畳! 大きく陥没していて、まるで星が落ちてきたようなありさまでしたわ』


『わたくし、夫に聞いたのですが……何人もの遺体が見つかってるそうよ。それはもう無惨なありさまでバラバラだったとか』


『まあ、それは本当ですの!?』


「おやおや。犯罪件数ゼロと言った側からこれとは……。珍しいね、王都で死体があがったらしい」


 師匠は驚きながらも、ディスプレイ状の瞳に映される景色を切り替える。

 瞳が映し出す景観が上層街の一角に切り替わったとき、俺の中で戦慄せんりつが走った。


「――な」


 そこは俺の知っている場所だった。

 貴族街。赤い屋根が立ち並ぶ場所だ。

 訪れたことはない。

 ないはず……なのだが、去来するのは痛烈な既視感だ。

 嫌でも目に入るのは、血で赤くくすんだ壁面と、大きく陥没した石畳。


(ちょっと……待て……)


 俺は、知っている。

 知っているぞ、ここの風景を。

 だってそれは、俺が夢で見た場所と一致していて……。

 だけれど……


「なん……で、巻き戻っていないんだ……?」


 震える声で漏らされた言葉は、自分でも驚くくらいにしゃがれていた。


「落ちてきた石畳も! 壁にたたきつけた後も! 全部綺麗に! 戻った……はず。そもそもバラバラの遺体って何だよ……つじつまが合わない。だってあれは、バラバラというよりむしろ……」


 圧縮されていただろうが!?

 それがなぜ? どうして違うことになっている!?


「どうした勇者くん? 巻き戻ったって何が?」


(いやいや、……いやいやいや! 違うだろ。そうじゃない。何を考えてるんだ俺は!? そもそもあれは、夢のはずだろうが!?)


 けれど視界に飛び込んでくるのは紛れもなく、記憶に残る惨殺風景そのままだった。

 夢だと思っていた内容。

 夢だと信じていた光景。

 夢だと考えていた出来事。

 けれど仮に、もし仮に……


 ――あれが夢じゃなかったとしたら?


「ッッッ、ぐぅぁッ、く……うぷっ」


 込み上げてきた吐き気に思わず口を押さえる。


「ちょ!? おい! どうした勇者くん」


(嘘だろ……)


 虚脱した面持ちで、昨晩の夢を反芻はんすうする。


 だってあれは夢のはずだろ?

 あんな非現実的なこと、実際にあり得るはずがない!


「行かなくちゃ……」


 俺は心配そうにしてくれる師匠を残して、急いで部屋を駆け出した。

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