第8話 国王の不審死


「ふざけるな。そんなこと信じられるわけ……!」


「わかりました。それより、用件は何でしょう?」


 姉さんは強引に話題を切り上げた。それ以上の詮索は無用とでも言うように。

 それはまるで、追求を阻止するというよりも……

 この連中と俺を話させまいとするはからいのようで。


「では……。まずはこたびの国王代理就任、おめでとうございます。我々は奇跡認定官として、聖なる王位継承の儀式を見届ける義務があります。正式な王が決まるまでは、レーテシア姫には暫定的な王としての統治とご活躍を期待します」


「元よりそのつもりです」


 甘いマスクで社交辞令を告げる白騎士に対して、姉さんは毅然と答える。

 言われるまでもないといったその口調からは、国王の代理人であっても教会に対して媚びへつらうことを良しとしない覚悟が垣間見れた。


「が、ゆめゆめ忘れぬことだ。王とて、罪状があれば我らの獲物に過ぎぬということを」


 そんな姉さんに対し、黒騎士は横から口を挟むとすごんで見せる。

 不良王子の俺ではなく、正当な姫君に対し威嚇いかくしているのはどういう了見だ?


「……何が言いたいのです?」


「他でもない儀式についてだ。こたびの就任、合憲であるかを調査した結果、いくつか不審な点が見受けられてな」


 ぶしつけな黒騎士の物言いに、俺は内心でカチンとくる。

 いったいなにを言ってるんだ? こいつは。

 第一王女が国王代理に就いたのに、不審な点だと……?


 姉さんの横顔をちらりと盗み見ると、その顔からは穏やかさがなりを潜め、冷たい眼差しになっている。

 思わずゾッとしてしまった。それは俺が見たこともない鋭い眼光だったからだ。


「なぜ教会の方が、調査など?」


「王権とは天によって与えられるもの。ならば先代の死は天寿によって迎えねばなるまい。それ以外の手段で権力を得ることは王道からの外道、すなわち異端の証左に他ならぬ」


「…………」


 異端の証左と黒騎士は断じた。

 つまりこの異端審問の目的は俺ではなく、姉さんに対するものだったのか。

 執務室の中には緊迫した空気が張り詰め、一触即発といった雰囲気になる。


「ま、まあまあ。落ち着いてください」


 姉さんと黒騎士が剣呑けんのんな気配に包まれる中、白騎士が割って入る。

 その人懐っこく柔和な笑顔は、緊張した空間の緩衝材としてはありがたいが……。


「ええと……ユーシア王子殿下にお聞きしたいのですが。先王陛下の崩御ほうぎょ、その身罷みまかられた理由についてはご存じですか?」


「死因? 馬車で出かけた時に、橋から崖下に転落したって聞いているけど」


 首の骨を骨折し、即死だったと聞いている。

 それとも事故死は天寿を全うした内に入らないとでも言いたいのだろうか?


「詳しい状況に関してはいかがです?」


「確か、深夜だったか? 護衛もいない馬車一台だけだったらしいな」


「そう。予定もないのに深夜に突然、陛下は馬車をって飛び出ていったそうです。その様子を目撃した門番によると、とにかく必死な様子だったとか」


 超大国の王が、護衛も予定もなく、単身で深夜に急いで外出した。

 その事実は確かに尋常ではないことが起きていたのだと推察はできる。


「そんな慌てふためいていた状況なら、手綱の操作を間違えて転落することもありえるんじゃないのか?」


「ええ、橋から転落死されているんです。ですが不可解な点が見受けられましてね」


 まるで警察だな。検視報告と言い、聞き取りでもしているみたいだ。


「不可解……って?」


「どうもですね、離れすぎているんですよ。事故の現場と、遺体の位置が」


「はあ。それが何か?」


「つまりですね、遺体が落ちた場所に橋からたどり着こうとしたら、空でも飛ばない限り不可能な距離というわけです」


 白騎士は一端そこで言葉を句切った。

 まるでそこからが本筋だと言わんばかりに。


「遺体に残留する魔術痕跡を調べた結果、飛行魔術ではなく拘束魔術が使われていたことが分かりました。つまり陛下は、馬を止めるでも空を飛ぶでもなく、ご自身の肉体に金縛りの術をかけていたことが判明するのですが……妙でしょう? 魔術の達人であらせられる陛下が、どうして落下中に自分の体を縛り付けて墜落死などされたのか」


「んん? あ~、それは……たぶん動揺してつい使う魔術を間違えたとか……?」


「あり得ません。ユーシア様はご存じないでしょうが、魔術の行使には高い集中力が必要とされます。錯乱中は〈エゴ〉が乱れ、魔術を使うことは不可能なのですよ」


 そういうもんなのか。

 エゴって名前の通り、精神力重視ってことか?

 というか、そんな魔術の初歩も知らなくて悪かったな。 


「ってことはだ。あんたは、空中で冷静に拘束魔術が使われたと言いたいわけか」


「ご明察の通りです。とすれば、はなはだ妙ではありますが状況証拠からかんがみるに陛下は自殺をなさったということになる」


「親父……いや、父上が……自殺?」


 急に不穏な空気が自分を取り巻くのを感じた。


 事故死とされていた身内が、その実自殺だった。

 そんな話を聞かされて俺は目を見開く。


 というか何だ? そのエクストリームな自殺方法は。

 いくらなんでも色々と不自然すぎるだろう。


「そのため我々は、陛下の死が事故と自殺どちらなのか調査をしているのです。さて、改めて問題となるのは橋からの距離です。飛行魔術が使われた形跡がない中、陛下はどのようにして千メルテルの距離を飛んだのか」


 千メルテル!? そんなに事故現場から移動してたのか!?

 そんなの大怪我をして這っていける距離じゃない。

 いや、そもそも親父は即死だったはずだ。

 誰かが死後に移動させたのではないかぎり、その移動はおかしすぎる。

 それに魔術なんてさっぱり分からない俺には、どんな種類の魔術があって、どんな用途で使われるのか不明だが、生身で空を飛べないことだけは分かる。


「じゃあきっと御者が……」


 他に人がいるとすれば馬車を操作していた御者が怪しいはずだ。

 だがそう思った疑問は、すぐさま否定される。


「御者はいません。なぜならその馬車は自動走行するゴーレム車両であり、それを陛下にプレゼントしたのは、レーテシア王女……他ならぬ貴女なのですから」


「確かに私が用意したものです」


 表情を崩さず、淡々と答える姉さん。


「ならば細工をすることも可能だろう。暗示を施したり、異常な加速をするとかな」


 再び放たれた黒騎士の辛辣しんらつな一言に、姉さんはぴくりと眉をひそめる。


「細工ですって?」


「下層街の人形職人が吐いたぞ。あの馬車は、姫殿下に手配され制作したものだと」


 人形職人が吐いた。いや、吐かせたのか。

 その情報源の入手法に思い至ったのか、姉さんは憮然ぶぜんとした表情で黒騎士を見つめた。


「拷問にかけたのですか?」


「いいや? しかし……わたしの声には特別な力があってな」


「……」


「奴は……正直に吐いたぞ。あの設計には姫殿下が関わられたとな」


「たしかに私が設計したものです。しかしあれは、魔術が使えぬ人間でも長距離移動できることを念頭に用意したもの。悪しき用途はありません」


「ではまぎれもない事故だったと? ……いいや、我々はこう考えている。王は事故を装って殺害されたのではないか、とな。それも王が亡くなることで得をする人物に」


 黒騎士は疑わしげな視線を姉さんに向けた。

 こいつ、王の死が殺人事件だって言いたいのか?

 いやそれよりも、その犯人がまるで目の前に居るとでも言いたげな態度じゃないか!


「さあ……答えてもらおうかレーテシア姫? 貴様は先王を事故に見せかけて殺害し、権力を得たと! 王が死ぬことで真っ先に得をしているのは貴様なのだから!」


 髑髏の貌をした黒騎士の尋問。

 その声がまとう謎の威圧感にやられたのか、俺の隣で調子を戻しかけていた侍女は、ビクンと痙攣すると泡を吹いて倒れてしまった。

 おそらく人形職人も、同様の状況で尋問を受けたに違いない。


 一方、姉さんは凜とした表情を崩さず黒騎士を見返す。


「何のことを言っているのか分かりません。それより、これ以上の無礼は目に余ります。ここからは慎重に言葉を選びなさい」


 姉さんの強い口調に、黒騎士は仕方なしと肩をすくめて見せた。


「本来なら今ので自白させる気だったが。さすがは王族、私の声が効かぬとは」


「……どうやら、あなたの声は人間の〈エゴ〉を直接揺さぶるようですね。常人なら恐慌きょうこう状態におちいるようですが――」


 相手の能力を看破かんぱした姉さんは、涼しげに微笑みながら言葉を続けた。


「私の場合、皆さんとはが違いますから」


「……っ。今日のところは引こう。だがレーテシア姫、貴様は王殺しの容疑者として挙がっていることを忘れるな」


「あら。得意の拷問はされないので?」


 不敵な笑みというのはこういうことをいうのだろう。

 優雅に髪を揺らす姉さんからは、揺るぎないものを感じずにはいられない。


「野蛮は好まぬ。決定的な証拠を見つけ、民の意思を味方に付けるつもりだ」


「ご随意にどうぞ。そのときは私もおとなしく縄につきましょう」


「……。行くぞ! ヴァシュラート!」


 黒騎士はきびすを返す。

 その際、俺に対する妙な視線を感じたが黒騎士は結局何も言わずに出て行った。


 残った白騎士は、柔和な顔をたたえて頭を下げる。


「お騒がせしました姫殿下。悪気があって言っているわけではないのでお許しください」


「悪気がなかったら、あそこまで言わねえだろ……」


 一国の姫君を、王殺しの容疑者として恫喝してきたのだ。

 あんなものが冗談であってたまるか。

 そんな俺を見つめる白騎士の視線は、どこか驚きに満ちているものだった。


「おや? ふむ。ユーシア様、貴方はこの部屋にいて何ともなかったのですか?」


「あ? ああ、あいつの声? そりゃなんたって不良王子だからな!〈エゴ〉なんざハナから空っぽだし、俺から見れば黒騎士殿の恫喝どうかつは可愛く見えたぜ」


「なるほど……〈エゴ〉の総量が多すぎて動じないレーテシア姫と、ゼロであるがゆえに効かないユーシア王子ですか。姉弟そろってお見事です」


 しれっとこちらを立てた言動をする白騎士。

 だがそんな社交辞令に隠された違和感を、俺は見逃さなかった。


「そういうあんたも、同じ部屋にいたのにピンピンしてんのな」


 俺の正鵠せいこくを射た言葉に、白騎士はぴくりと動きを止める。

 が……すぐに破顔した。


「僕ですか? 僕は……耳栓ですよ、耳栓。それでは、また」


 異端審問局の白騎士は、一礼するとそのまま去って行った。

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