第5話 不良-よからず-

   ◆


 下層街の市場を進んだ先、人だかりができている場所には一軒の屋台があった。

 その屋台の前には二人組の憲兵が立っており、エプロン姿の女の子が縮こまっている。

 どうやら店を出している娘に難癖を付けているらしい。


「あ~くさい臭い。おい、何か匂わないか?」


「匂うなぁ。〈エゴ〉の清涼感が足りず、ここだけドブみたいに臭いぜ」


「おい、娘。お前はこんな臭い場所で飯を売っているのか? それとも売り物が腐っているのか?」


 屋台の前で鼻をつまみ、大仰なしぐさをしてみる憲兵。

 それに対する屋台の娘は、ただ萎縮いしゅくしている。


「そ、そんな腐っているだなんて滅相もありません。この薬草粥やくそうがゆは新鮮なもので、品質には万全を……」


「フン! それはお前が不良よからずだからだ。〈エゴ〉が人並み以下のお前は、人間様よりも嗅覚が劣っているのさ。なあ?」


「ああそうとも。したがって、だ。この売り物が正常かどうか、我々が判断してやる」


 そう言って憲兵は、売り物らしき粥に手を出して口に放り込んでいく。

 わざとなのか、生来なのか、クチャクチャと音を立てる汚い食べ方だ。


不良よからずのくせに、店の味はまあまあだな。異常なしとしてやろう。勘定はいるか?」


「は、はあ。あの……お代を……いただけるのでしょうか」


「構わんぞ? その前に我々王国憲兵団が毒味をしてやったのだから検疫料を徴収するがな。そうだな、売り上げ金の半分で構わんぞ」


「そ、そんなご無体むたいな!」


「黙れ。本来なら不良よからずごときが店を構えることすらおこがましいのだ」


「うぅぅ。お、お代は結構です……」


「ふん、最初からそう言えば良いんだよ馬鹿が」


 心底意地の悪い態度を見せる憲兵たち。

 店の様子を遠巻きに眺める他の人々は、ゲラゲラと笑う憲兵達を恨めしそうな表情で見つめている。


「可哀想に。あいつら上層の人間だからって、調子にのりやがって」


「しょうがねえさ。あの娘は不良よからずなんだからよ」


 この国では〈エゴ〉の多い人間が権力を持つ。

 そこから生じる差別など、氷山の一角に過ぎない。

 俺としてはいつもの、見慣れた光景だった。


(とはいえ、黙って見過ごすわけにはいかないよな)


 俺は一歩前に出る。

 が、それより早くリリーシェが腰に手を当てて立ち塞がった。


「あなた達、待ちなさい」


「ああ? なんだぁ小娘」


「兵士のくせに、お金を払うってことを知らないの?」


 先ほど得たばかりの知識を、もの知り顔で語り始めるリリーシェ。


「ご飯を食べたらお金を払う。そんなのは常識でしょ?」


「小娘が……口答えする気か?」


「偉そうにしたってダメよ。対価を払うことでお店は成り立ち、社会が形成されるのよ? あなた達だって無給でお仕事なんかしたくないでしょ? わかったら、お店の人にお金を払いなさい」


「そ、そうだそうだ! その子の言うとおりだ!」


 周囲の市民もヤジを飛ばし始める。

 便乗して憲兵に不満をぶつけたいだけかもしれないが、声援による後押しを受け、さすがの憲兵も動揺し始める。


「だ、黙れ小娘! 我々を誰だと思っている!?」


「食い逃げの現行犯でしょ? 違うというなら誠意で示して見なさい」


「このっ、痛い目を見ないと分からんようだな!?」


 憲兵は腕をかざす。

 その掌に光が収束し、こぶし大の火球が形成された。

 火炎魔術【ファイアボルト】だ。

 初級の魔術とはいえ十分に人を殺傷するだけの威力を秘めており、町中で使うのは御法度ごはっとのはず。


(こいつ……!〈エゴ〉で攻撃してくる気か!?)


 怒りにられた憲兵は、躊躇ちゅうちょなく腕を振り下ろす。


「〈エゴ〉の光よ……! 我が意を示し、焼きぜろ!」


「きゃ……っ!」


 瞬間、迫り来る火球に向かって俺は腰の刀を抜刀してみせた。


 銀光一閃。


 甲高かんだかい破裂音が響き渡り、途端に炎がとなって砕け散る。

 その破片は〈エゴ〉の飛沫しぶきとなって四散し、あっという間に消滅した。 


「な、何だ? こいつ魔術をかき消したぞ!? その鈍色にびいろの光……まさか鉄か!?」


「馬鹿な! 鉄の剣なんぞ握ったら、常人なら〈エゴ〉が消えちまう!」


 驚愕しながらも再度魔術を行使しようとする憲兵を、刀の柄頭つかがしらで殴りつける。


 顔面を殴り飛ばされた憲兵は勢いよく壁にたたきつけられ、そのままぐったりとした。


「いい加減にしとけよ。それでも映えある王国兵士か?」


 もう一人の憲兵に刀の切っ先を向けると、市民からは盛大な喝采かっさいが上がる。


「くっ。き、貴様ぁっ! ふざけた真似をッ……公務執行妨害で逮捕するぞ!?」


「お前こそふざけるな。権力をかさに着て、弱いものいじめしてるだけじゃねえか」


「お、おのれ……おのれぇぇ!!」


 残された憲兵は分が悪いと判断したのか、懐から笛を取り出し、ピィーー!と吹き鳴らした。

 笛の音につられて、市場の各所から他の憲兵仲間が走りながらやってくる。


「何の騒ぎだこれはッ!」


 ぞろぞろと現れる新手の兵士達。

 事情を知らない連中は、当然同僚の味方をするだろう。


(しまったな。こんなことなら姉さんから身分証でも受け取っておくんだった)


 憲兵への暴力。

 さらに無許可で鉄の所有となれば……現行犯でしょっぴかれない。 

 こんな激昂げっこうした連中に、今から身分を説明しても伝わるとは思えないし……。


(と、なれば……)


 俺はリリーシェの手を握った。


「逃げるぞ!」

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