第3話 エゴのない不良王子
◆
王宮の食堂で、姉さんと一緒に朝食を取る。
大理石でできた広い空間に長机が置かれ、テーブルに着いているのは俺と姉さんの二人のみ。
周りには大勢の執事や侍女が整列し、ただひたすらに沈黙を守っていた。
(落ち着かないな)
こんなにたくさん人がいるのにただ見ているだけなんて、これまで焚き火を囲んで飲み食いをしていた俺の食生活にはなかったものだ。
とはいえ、固い黒パンではなく、柔らかい白パンが食べ放題というのは俺にとって喜ばしい。美味しいんだこれ。
「あのね、ユー君。ユー君は恨んでないのかな? この国から、追放されたこと」
食事を中断した姉さんが、おもむろに心配そうな面持ちで尋ねてくる。
王室追放。
こうして帰ってきたいま、確かにその話題は俺を語る上で外せない。
やはり姉としては、生き別れた弟の半生が気になるのだろうか?
「恨むだなんて……。むしろ国として当然のことだと思うよ」
「でも……」
「それにさ、得られたものもあったんだ。追放されなきゃ自分の才能に一生気がつけないままだったと思うんだよね……だから感謝してるんだよ、いまとなっては」
そう。それもこれも、すべては追放の理由に起因する。
王族という身分に転生した俺だが、その運命は決して甘い物ではなかった。
――なぜなら、この魔法世界において万人なら誰もが持つ魔術の才能。
〈エゴ〉と呼ばれるモノを、俺は持っていなかったからである。
〈エゴ〉はこの世界に生を受けたモノなら、あらゆる生物が内包する魂の力。
人間だけではなく木々や獣、魚から昆虫に至るまで、あらゆる命に宿るという。
言うなればそれは、この世界に対する自己主張の力らしい。
自分はこの世に存在し、生きているんだという意思が〈エゴ〉だというのだ。
だが地球から転移してきた異世界人の俺に、この世界固有の魂〈エゴ〉なんぞ、あるはずもない。
その〈エゴ〉を宿さない俺は、いわば虫けら以下の存在というわけだった。
魔法王国の王子が魔術を使えない。
この前代未聞の出来事は、王家の権威を失墜させる大事件だったのである。
かくして追放された俺は、遠く離れた流刑の地アンヌンの森へと追いやられた。
そこには俺のように世の中から爪弾きにされた、鼻つまみ者で溢れかえっていた。
〈
七歳にして都落ちを余儀なくされたが、得るものもあった。
生きる上での強かさや狡猾さ、異端者同士が集まることで共有できた見識の広さ。
そして魔術社会ではあり得るはずのない武器。
この日本刀こそがまさにそれだった。
「非人間族? それって、森の最奥でエルフと暮らしていたってこと?」
食事をしながらの過去語りに、姉さんは驚いたような顔を浮かべる。
「ああ。中でも〈鋼の妖精〉と呼ばれる風変わりなエルフがいてね。俺がエゴ量ゼロの
「〈鋼の妖精〉……。セフィラ卿のことね? アンヌンの領主でもあり、世界でただ一人の黒髪のエルフ。膨大な〈エゴ〉を持つのに、そもそも魔術を好まないとか」
「ああ。その代わりに恐ろしく高度な鍛冶技術と工房を持っていたんだ。その黒髪のエルフに協力してもらって作ったのが、この刀さ」
この世界において魔術は万能にて普遍。
それを扱えない人間は著しく生殺与奪を制限される。
なぜなら森で狩りをすることも、農業で水を引くことも、自衛のために戦うことすらも、常人より遙かに困難になるからだ。
そんな逆境のただ中において、黒髪のエルフは俺にこう言ったのだ。
『まずは自覚なさい。あなたには何ができますか? あなたには何ができませんか? それが分からなきゃ、そこから一歩も踏み出せないんじゃないかな』と。
結局、どこまでいっても俺は俺、ということだったのだろう。
生まれ変わったからといって、都合の良いチートパワーなんてあるはずもない。
堅実に自分の引き出しを開いていった結果、俺に残されていたのはあれほど継ぐことを嫌っていた家業だけだった。
異世界に飛ばされて結局すがったのは、自分自身。
刀鍛冶こそ俺ができる唯一の芸当であり、この世界を生き抜くのに必要な技能だったのである。
皮肉なものだった。
自分探しというありもしない幻の果てが、原点に帰ってくることだったのだから。
とはいえ、いまでは鍛冶師としての自分を心から誇りに思う。
刀こそ、俺にとっては力そのもの。
自ら鍛えた鉄の剣だけが、俺を様々な脅威から救ってくれる生存手段だったのだから。
俺はおもむろに周囲に視線を走らせた。
整列している執事やメイド、兵士達の態度はまさに
彼らは魔術社会において高位の魔術師である貴族を敬い、仕えることを誇りとしている。
一方、俺は王族でありながら魔術とは無縁の存在だ。
表向きこそ礼儀正しく接してくれているが、その目の奥には〈エゴ〉を持たざる者に対する奇異と侮蔑の眼差しが感じられる。
かつては国中から
「ところで、この後の予定だけれどユー君はどうするの?」
「あぁ……せっかくの里帰りだし、久しぶりに城下町をぶらついてみるよ」
「そう。なら、護衛を手配するわね?」
「いや、いいって。言ったろ? 自分の世話は自分でするって」
「じゃあ国賓としての身分証だけでも……」
「それもいらないよ。偉そうに振る舞えるほどデキた人間じゃないからね」
申し出を断られ、しゅんとする姉さん。ちょっと可愛い。
別に姉の厚意を受け取りたくないわけじゃないが、VIP待遇を受けることが自分としてはこそばゆい。
まずはいまの自分の目で故郷を歩き、過去との違いを感じたい。
そう考えた俺は、食事を終えると外に繰り出していくのだった。
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