一章 魔法の国と鉄の剣

第2話 前世の記憶

 この俺、ユーシア・レス・レクシオンはこの魔法世界の人間ではない。

 地球に生まれ、伝統工業を営む日本の家で育ち、現代人として過ごしていた記憶がある。

 いまとは違う人間、日本人としての自分が確かにいたのだ。


 それがどういうわけか、気がつけば赤ん坊としてこの世界に生まれ落ちていた。


 生まれ変わり?

 そう考えるのが妥当だが、俺には今際いまわの……死の記憶がない。

 どのようにして最期を迎えたのか、その脈絡がハッキリとしないのだ。


 記憶をたどれば、自分は確かに日本の学生……高校生だったと記憶している。

 高齢を迎えた老人として天寿を全うしたわけもない。

 ないのだが……俺は本当に死んだのだろうか?


 もしも交通事故や殺人事件に巻き込まれたとして、何も思い出せず、いきなり赤ん坊になっているなんて想像できるか?

 仮に閻魔様なり神様なりと出会っていたなら、まだ心の整理も付くが……俺の自意識としては、ある日突然いきなり別の世界に生まれ変わってしまったという感覚だ。


 正直、とまどい以上に後ろ暗さがあった。

 別の人間として再スタートすることに、ある種の自己嫌悪があったからだ。

 俺は現実世界で大きな悩みを抱えていた。

 由緒ある家柄の長男として生まれ……伝統工業を継がねばならない進路の悩み。

 高校二年生の夏にして、人生の分岐点に立たされていたからだ。


 老舗の家業を継ぐことを期待され、幼少の頃から職能をたたき込まれた自分。

 友達と遊ぶ時間を減らされ、自由な時間を奪われ、日々稽古稽古稽古。

 いつの頃から親の期待にうんざりしている自分がいた。


 親の敷いたレールではなく、自分の人生は自分で切り開きたい。

 同年代なら誰もが抱く切実な悩み。

 いわゆる思春期特有のモラトリアムってやつだ。

 別に何か、ことさら打ち込みたい強い夢があったわけじゃない。

 ただなんとなく、今よりマシなってやつがどこかにいるのだと……

 漠然とした自分探しに酔ってみたかったのかもしれない。


 しかしそんな可能性を夢想するたびに、両親と世間が悲しむ姿が脳裏をよぎった。

 俺が自分の人生を選んだら、代々続いてきた家業は俺の代で潰える。

 兄弟はもちろん、俺に子供はおろか弟子だっていないのに。

 俺が辞めたら、ご先祖様に何て申し開きすればいいんだ?

 何となく自分らしく生きたい、そんなあやふやな気持ちで捨て去ってしまっていい問題なのか? それは。

 その葛藤は、重圧となって日々のしかかった。


 結局自分で運命を決められないまま時間だけが経ち……

 そしてある日突然、俺は別の人間に生まれ変わっていた。


 この奇妙な状況をラッキーだと思うか、責任逃れの逃避が見せた幻想と考えるか、いまだに俺の中で決着がつかない。

 とはいえ、目の前に突きつけられたのは紛れもない現実。


 俺は魔術が実在する童話じみた世界に生まれ落ち、二度目の生を受けて既に十七年を経ていた。

 気持ちとしては、すっかりと擦れてしまった感じがある。

 ユーシア・レス・レクシオン。

 その名を拝命し、その人物として新たに生きることが、俺の宿命だったのだろう。


 だがもう一人の俺……前世の俺の名を忘れることはないだろう。

 先祖から頂き、父からも襲名した一族の名……


 ――刀匠とうしょう・第十三代目千子村正せんごむらまさ


 その、刀鍛冶師としての真名だけは。

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