死にたがりと魔女
│>>>Destroyer reaper152 = new Destroyer(name = Ys76t981jwq8);
│>>>reaper152.run();
│---class Destroyer is running
「私、魔女なの」
黒い冬用セーラー服をしっかりと着込んだ女が、いつの間にか後ろに立っていた。
「だから何? 今から死のうとしてる人間に言う事?」
そう返すと、「魔女」と名のったその女は口をにんまりと曲げて、
「だからこそ声をかけてるの」
なんて言った。
まあ、関わる必要もないか。そう思って女に背を向けると、
「最後の最後にどれだけ迷惑をかける気なの?」
その口調はどこか面白がっているようで、それでいて冷徹で、僕の心を容赦なく貫いた。
「今そこから飛び降りたら何が起こるかな。あなたの身体が地面に叩きつけられて、肉片が四方八方に飛び散る。それを一体誰が掃除するの? 警察も動くでしょうね。他殺の可能性だって考慮される。もしも落ちた先に人がいたら? あぁ、なんにしろ葬儀が必要だけど、結構高いって聞くし。あれ? 君ってこのビルに関係ないんだよね。でもここから人が落ちたら、このビルに入ってる会社とかに悪評つくんじゃない?」
まとまりのない言葉たちは、まるで生き物のように僕にまとわりついてくる。心をぐちゃぐちゃに踏みつぶして、そしてそれに潜っていくのだ。視界が、ぐらつく。
「……じゃあどうしろって言うのさ」
そう一言零すと、
「まずはそこ、危ないよ」
そう一言放って、女は
ビルの屋上の柵を跨いで、柵の内側に入る。風が、一気に止んだ。それと同時に、宙を舞っていた罪悪感たちが一つ、また一つと舞い戻ってくる。重苦しいなぁ、と思いながら、女の後に付き従った。
女が入っていったのは、そのビルの中ほどに位置する飲食店だった。主にこのビルに入っている会社の社員に向けて作られているようだったが、一応外部の客も受け入れているらしい。こういうのは、我が物顔で堂々と入店するのが得策だ。
「で、あんたなんなの?」
「だから魔女だって」
席に着くなり、僕は乱雑に質問を投げつける。そう
「あー、信じてないなー」
脚をぷらぷらさせて、自称魔女が
「そりゃ、そんな非科学的なもん信じるやついねぇだろ」
そう言うと、
「そうでもないんだよ、ただ観測も証明もできないだけ」
魔女はそう、ぽつりと零した。観測も証明もできない、か。その言い方が妙に真実味を帯びていて、僕の口は話を先に進めた。
「で、あんたはなんで僕に話しかけたの? 魔法で殺してくれるってか?」
そう問うと、
「殺す、じゃない。消すの」
魔女ははにかんだ。
「消す?」
「消す」
しばらくの、静寂。その言葉の意味を、じっくりと理解する。でもその言葉は、どこまでも姿かたちを変えて、一向に理解できない。
「まあ試してみて、駄目だったらみんなに迷惑をかければいい。でも、私がやったら絶対に誰にも迷惑をかけないよ。むしろ喜ぶ人たちもいる」
迷惑をかけない。その言葉に、強く反応した。都合の良すぎる話に内心疑いを持ちながらも、どこか納得しかけている自分もいる。
―—もしも本当にそうだったら。
「試してみるよ、疫病魔女さん」
「うっわ、こいつ解約しようかな」
そんな軽口を言い合う僕は、久し振りに心が弾んでいた。
まずは場所を移そっか、と言われて連れてこられたのは、一軒の山小屋だった。いや、この表現は山小屋に失礼かもしれない。ただただ木が組み合わさって、なんとか小屋のように見えないこともない、というレベルだ。
「あんたもしかしてここに住んでたりするのか?」
そう問いかけると、
「まっさかぁ、そんなわけないでしょ。魔女様は普段眠ってるんですよ」
だからどこでだよ、という突っ込みは喉の奥に引っ込めた。大体一時間くらい一緒にいるが、魔女の発言に一々突っ込んでいたら喉が焼き切れてしまう、ということを悟って、もう突っ込むのはやめにした。
「これも魔法なのか?」
でもさっきから、僕の質問は止まらない。あまりに不自然な状況に、疑問が止まらないのだ。
というのも、この山小屋もとい木の塊は、今にも崩れそうだというのにどれだけ触っても崩れないし、その地面は綺麗に削り取られたような岩でできているのだから。明らかに人間業じゃない。
その問いに魔女が答えて言った。
「魔法、というか、ここはシステムが違うから」
まただ。また分からない。
「まあ別に理解する必要はないよ」
魔女はそう言うと、これまた直線で出来上がった椅子を勧めてきた。どうも、と言って座る。一切軋まないのが、これまた不思議だ。これも「システムが違うから」なのか。
やっと落ち着ける状況になって、また一つの疑問が浮かぶ。
「こんなところに連れてきた理由は何?」
「今からやる方法は、人に見られたらいけないから」
そう答えると魔女は、大きく息を吸って目を見開いた。それからしばらく、その状態で硬直していた。ぱっちりと開いた瞳はどこか遠くを見つめ、全くブレない。瞳孔は開き切っていて、およそ人間のできることではなかった。
それから数分後、魔女は戻ってきた。
「はい、待たせてごめんね」
「何やってたの?」
そう問うと、
「君の記録を私とリンクさせたの」
と、これまた訳の分からない返事が返ってきた。
本当に、これでいいのだろうか。そんな疑問が脳裏をよぎる。
「僕を消すって、一体どういうこと?」
その疑問に魔女は、んー、と考えてから、ま、いっか、と言って話し始めた。
「人間は、言葉を手に入れて言葉の中で思考するようになった。それから文字を手に入れて、文字で記録するようになった。これによって、人間はその記録を読み返すことで過去を思い出すことができるようになった。ここまではいい?」
「うん」
何を当たり前のことを言っているんだ、と思いながらも、先を促す。
「そして更に技術が発達して、文字データから写真データ、映像データ、音声データ。それらの記録を、小さな小さなシリコンに閉じ込めて、すぐに取り出せるようにしていった。それによって、人間が覚える必要のあるものはどんどんなくなっていった」
魔女の言葉に、なぜか鳥肌が立つ。
「これを人間は『機能の体外化』と読んでいるけれど、つまり人間そのものは記憶を持てなくなっていった」
「え?」
魔女の発言に、疑問と、それから不安が生じる。それはおかしくないだろうか。僕はちゃんと覚えている。
その反応を確認した魔女は、はは、と笑ってこう続けた。
「世界のシステムが人間に順応したんだよ。人間をメモリとするんじゃなくて、物と記憶を結びつける。心臓移植をしたときに、前の持ち主の感情が移るのなんていい例だね。確かにしばらく記憶はあるけれど、物を見ないと何も思い出せない。記録がなければ、思い出せなくなってるんだよ」
記録、という言葉に、妙な引っ掛かりを覚える。
「人間は戸籍を作って、記録として人を認識し始めた。生まれてからどういう生活をしてきたのかも、全部全部記録として残っている」
そこで魔女は一息ついて、丁寧にこう文字を並べた。
「では、その記録がなくなったらどうなるのか」
「……その人を、認識できなくなる」
「せーかい」
僕は唾を飲み込んだ。そんなの、
「そんなの、証明なんて……」
「そう、誰も証明できない。その人のことを誰も思い出さないから、その人が『消えた』ことなんて観測できない。そして人間の生活によって変化した世界ですらも、その存在を認識できなくなる」
——そうでもないんだよ、ただ観測も証明もできないだけ。
魔女の言葉を思い出す。
世界そのものを書き換えることができれば、そんな魔法は観測できない。世界五分前仮説。それに近いだろう。
「あ、さっきの記録をリンクさせたっていうのはもしかして……」
「私の記憶が削除されれば、君の存在も消える。世界は君を知らないから」
記録を通して互いに認識し合っている人間と世界の、隙を
「そろそろいいかい?」
そうだね。もういいよ。
「最後に、一つだけ聞いてもいい?」
「何?」
「なんで僕を消してくれるの?」
「そうだね、もしも君があのまま死んでたら、君を覚えてる人が必ずでてくる。君との思い出が残されてるからね」
そこで言葉を切ってから、魔女はこう続けた。
「そんなの、メモリを圧迫するだろ?」
│>>>reaper152.do();
│---task Ys76t981jwq8 was deleted
│>>>reaper152.kill();
│---object reaper152 was killed
│---class Destroyer is not running
│>>>Destroyer reaper153 = new Destroyer(name = sWn36p00xV43);
│>>>reaper153.run();
│---class Destroyer is running
「私、魔女なの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます